ベンチの片隅で、達海くんの帽子を被って。
広いフィールドを走り回る達海くんを、目で追う。
気付けば放課後は、専らサッカー部で達海くんを見て過ごすようになっていた。


「来てたの、渡瀬さん」
「またお邪魔してます」
「良いけど、良く飽きないわね」

3年生のマネージャーお姉様が、笑いながら冷たい麦茶を手渡してくれた。

「ありがとうございます」
「そんなに好きならマネージャーやれば良いのに」
「あ、あの。実はフットボールには、あんまり興味ないんです」
「達海くんにしか興味がないの?」

判り切っている事を聞くあたり、このひとも人が悪い。

「というより、達海くんが好きな事を知りたいんです」
「まぁ」
「あ、達海くんには言わないで下さいね」
「判ってるわよ」




泥まみれのボールを蹴る達海くんも、いつの間にか泥まみれ。
それでも楽しそうに笑っているから、わたしはいつも目が離せない。

恋じゃないと思ってた。
恋なんかしないって。

よりによって達海くんに恋するなんて、って思ってたのに。
わたしの心は達海くんが良い、と叫んでいる。
認めなくちゃ、ダメだよね。
フィールドの真ん中で不敵に微笑む達海くんの目が、わたしを見ていた。











「帰るの?」
「うん」

照明もないグラウンドだから、日が暮れてしまえば部活は終了。

「送ってく」
「疲れてるのに、いつも悪いよ」
「別に良いから」
「う、ん」

達海くんの家と、わたしの家は逆方向なのに。わたしが残っていたら、必ず家まで送ってくれる。
他愛のない話しをしながら、達海くんの隣を歩く帰り道が、いつの間にか楽しみになっていた。


「暑くなかった?」
「達海くんが帽子貸してくれたから大丈夫だよ」
「それ、やるよ」
「え、」
「やるから毎日来て」
「わ、わたし。マネージャーにはならないよ」
「うん、それでも良いよ」
「いたら邪魔じゃないの?」
「寧ろいない方がやなんだよ、なんでだろうね」
「、しらない」




夕暮れに染まる道路。
わたしと達海くんの影がふたつ。
なんだか、照れ臭い。


「あのさ」
「んー?」
「わたし、達海くんがすき」
「うん」
「すき、みたいなの」
「あのさぁ」



達海くんは、わたしのほっぺたをつねって。


「由岐の気持ちなんか、とっくに知ってたよ」


ニヒーと、笑った。



「そっか」
「でも俺も、由岐がすき」
「あ、うん」
「照れた?」
「ウルサイよ」
「由岐は可愛いなー」


ほっぺたに触れていた指が、わたしの左手を掬って。
あついてのひらが、わたしの左手を包み込んだ。
そっと握り返せば。


「俺の彼女、由岐だからな」
「わたしの彼氏、達海くん?」
「うん、俺」



ほてって真っ赤になったほっぺたに、達海くんのくちびるの感触。




「い、今、ちゅって、ほっぺた!!」
「うん、したよ」
「いやいや」
「もっと、する?」
「わたしの心臓が止まっちゃうから、やめてください」


仕方ないから、ちゅーはまた今度な、って。達海くんがわたしの体を抱きしめた。





(心臓の音も時間も、いっそ止まってしまえば良いと思った)
気持ち




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