「なぁ由岐ー」
数学の先生が、ダラダラと公式について語るのを無視して。
「授業中だよ、達海くん」
わたしの言葉でくすりと笑ったのが、横目で見えた。
「マジメだねー」
達海くんの机の上には教科書すらなくて。そのかわりに、サッカー雑誌が広がっている。
「昼ごはん、一緒しない?」
「なんで」
「良いからさぁ」
「別に、良いけど」
「じゃあ昼休みね」
達海くんの机の横にぶら下がってるコンビニ袋から、タマゴサンドとドクターペッパーが見えた。
チャイムと同時に腕を引っ張られて、せき立てられる。わたしは慌ててお弁当袋を掴んだ。
達海くんはわたしを引っ張って、尚も歩き続ける。
「ねぇ、どこ行くの!?」
購買に向かう人波を逆流して、非常階段を昇っていく。
達海くんは何も言わないままで、わたしも仕方なく口をつぐんだ。
非常階段の行き止まり。達海くんはドアの前に立て掛けてあった立入禁止の札を退かせて、悠々と鉄のドアに近寄る。
カチリ、とドアノブの回る音がした。
「ここ、カギは?」
「んー壊した」
「は!?」
「だって勿体ないじゃん」
達海くんがドアを開けると、薄暗い階段室に光りが差し込んだ。
ドアの向こうには、広い青空。
「こんな眺めの良いとこ、入れないの、勿体ないって思わない?」
腕を引っ張られて、一歩立入禁止の屋上に踏み込む。背中の方からドアが軋んで、閉まる音が聴こえたけど。そんな音は気にもならなかった。
目の前に広がるのは、ただ一面の青空と白い雲。
「なんか、鳥になった気分だね」
足元の方から、校庭で遊ぶひと達の声が聴こえて。遠くの方を見れば、豆粒みたいな車が行き交うのが見えて。
「達海くんが勿体ないって言った気持ち、少し判った」
独り占めしたくなる、景色。
「由岐さ、秘密教えてくれたでしょ」
「うん、あの公園ね」
「だから俺も、秘密」
「うん」
広い広い屋上の片隅に、腰を下ろした。
「時々さ、ピッチでも鳥になるんだ」
「屋上じゃないのに?」
「ほんとの鳥じゃないけどさ」
「うん」
「鳥みたいに見えるんだよ」
「うん」
「そういう時って、なんかボール蹴るのがいつもより楽しいんだよね」
「いつも楽しそうだよ?」
「それ以上だよ、由岐にはわかんないだろうな」
「わかんないけど。きっと達海くんが見てるのは、こんな景色なんだね」
タマゴサンドを頬張る達海くんが、微笑んだ。
「その唐揚げちょうだい」
達海くんがわたしの唐揚げを、指先で摘んで持ち上げた。
「良いよ」
返事を訊いていたのかも疑わしいほど、あっという間に唐揚げは達海くんの口の中。
「うまいなー」
3つあった筈鶏の唐揚げは、全部達海くんの胃袋に当然のように納まった。
「また作って」
「良い、よ」
満足げに笑い掛けてくるから、その笑顔だけで嬉しくなってしまう。
陽射しを眩しそうに、伏し目がちになった達海くんの横顔が、いつもより儚く見えた気がして。
「鳥みたいに、あんまり高く飛ばないでね」
わたしがさわれなくなるから。
「うん、大丈夫」
何が大丈夫なのか、わかんないけど。達海くんが言うから、大丈夫な気がする。
「また昼休み来いよ」
「か、考えとく」
「良いじゃん、秘密を共有する仲だぜ、俺たち」
「またヤラシイ言い方して」
「由岐にしか教えねーからな」
「そっか」
予鈴が、遠くの方で聴こえる。
「ずっとこのままでいたいな」
「あっそ」って、そっぽを向いた達海くんの耳が赤かったのは、きっと気の所為なんかじゃない。
(素直じゃないのはお互い様)秘密