進入禁止の恋




この高校の教師になって十年以上が過ぎた。
教師になったのがいつだったかは、もう忘れた。
名門女子校のお嬢様というブランドに多くの人間が価値を求めるらしいが、なんて事はない。少し世間知らずな女子高生が、うじゃうじゃいるだけの学校。
ありがちな昼ドラ的な展開を期待してくる悪友もいるが、制服を着た生徒達が女に見えた事は一度もない。
あれは、ただのガキの集団だ。

長く同じ学校に勤めていると、本人の意思とは無関係に出世をするものだ。
年功序列なんかやめて、やる気のある奴を出世させれば良いのに、と毎日の激務の中で思う。
気付けば二年生の学年主任になっていた。
教えているのは数Uと外国語だ。
見事に日本に溶け込んじゃいるが、俺は金髪碧眼の生粋のイギリス人だ。




新年度の始まりはいつも講堂に生徒を集めて、学長訓辞とミサを行う。
我が、聖フェニックス学院の伝統行事だ。
神父の眠くなりそうな説教を聞いて、やる気のない聖歌隊の賛美歌を聴く。
毎年繰り返される儀式。
次はお祈りだ。神に愛されし者に幸多からん事を祈る時間だ。
講堂の片隅に用意された、教員用の椅子の上で欠伸を噛み殺した。

「シスターマリー。大切なお祈りの時間に大変心苦しいのですが、体調が先程から優れませんの。どうか退室のご許可を下さいませ」
ひそり、後方のシスターに話しかけるしとやかな声に、俺は聞き覚えがあった。
振り返ってみれば案の定、目が合ったのは二年の新山玲奈だった。
眉目秀麗、成績優秀、加えてしとやかでカリスマ性を備えた、万人受けするタイプ。
だが、典型的猫かぶりでこの学校始まって以来の問題児だというのは余り知られていない。
「シスターマリー、退室の許可はこちらで。あなたのお祈りを妨げるのは忍びないですから」
歩み寄ってシスターに一言かけると、彼女は安心したようにお祈りに戻っていった。

金細工を施したドアを開け、新山の腕を掴んで講堂の外へ出た。
綺麗な青空が広がっていた。
「おい、新山」
「なんですか、先生」
「純真な尼さんを騙すもんじゃねェよい」
「騙してなんか、ない」
「フケるつもりじゃなかったのかよい」
「そんなんじゃないよ」
「本当かよい」
「お腹、痛いの」
「腹?」
新山の顔には血の気がなく、唇も真っ青で、白い指先が震えていた。
「ったく、普段が普段だから疑われんだよい。ほら乗れよい」
今にも倒れそうな体を、新山が俺の背中に預けて来る。不満を隠さない表情で。
「せんせぇ」
「なんだよい」
「はずかしいよ、なんでわかったの」
首筋に吐息がかかって、くすぐったい。
背中で熱くて丸い頬の感触を知った。照れているようだ。
「そりゃ、わかるよい」
「なんかせんせぇすけべ」
「うるせェよい」


「あー、サラ先生会議中だない」
消毒液臭いベッドに新山を降ろし、主の留守を良い事に薬品棚を漁る。
「これのんどけ」
最近発売になった、強めの解熱鎮痛剤のパッケージを渡した。
「うん」
ペットボトルの水も渡してやると、素直に白い錠剤と水を嚥下した。
「まだ痛むかい?」
「ちょっと」
薬品棚を探ると、貼るカイロを発見した。
「腰と腹に貼っとけよい。いくらかマシだろうよい」
「なんか、むかつく」
「そうかい」
布団にもぐって、しかも俺にケツ向けて。
「でも、ありがと」
「気にすんなよい。担任には俺から伝えてやるから、よくなるまで寝てろよい」



(なんだよ、あのオッサン紳士は…絶対惚れてやんないんだから!)









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