「ねえ、はるか」

沙羅が消え入りそうな声で僕の名前を呼ぶのを、僕ははじめて聞いた。

「怒っているわよね」

船上パーティーから赤坂の洋館に帰る車中での沙羅は、ずっとうなだれていて。
沙羅と連れ立って僕たちの寝室に引き取るべく、廊下を歩いている時には、どこかよそよそしさすら感じた。

「怒ってはいないよ」
「う、嘘」
「嘘じゃないさ。まあ、びっくりはしたけど」
「だって、私、はるかにいっぱい隠しごとをしていたのよ」
「ああ」
「あまつさえ、はるかが逃げたがっていた運命に身を投じろ、と命令までしたわ。はるかより宿命を優先して…」
「いいか、沙羅。運命から逃げていたのは僕の我が儘だ。沙羅はクイーンとして、女神として、宿命を果たしただけさ」
「ええ」
「大体、君が僕を愛しているのは、僕がセーラーウラヌスだからかい?それとも、レーサーを夢見る天王はるかなのかい?」
「ウラヌスだからじゃ、ない。はるかがウラヌスだって知っていたけど、はるかだから愛したわ。前世のウラヌスは私に仕えてくれていた双璧の片割れでしかないもの」
「それならなんの問題もないだろ?僕は沙羅を愛しているし、愛する沙羅を護る為に、沙羅の望みを叶える為に、闘う覚悟をしただけさ」
「わたし、の」
「沙羅の所為じゃない。前世から仕えてきた、クイーン・アポロニア・ムネメの命令だから、従うと決めた。僕は沙羅を愛している。だから、沙羅の前世の姿まで、僕は愛するよ」

沙羅に向かって、心の中を言葉にして伝える作業を行っている間に、僕の心の整理も知らず知らずの内についていった。
片鱗しか掴めていなかった自分の思いを言語化して、はじめて己の本心を知る事もあるのだと、今頃思い知った。
だから、僕は沙羅に何一つ偽らざる気持ちを伝えることが出来る。
一点の曇りのない本心だけを、沙羅に伝えられる。


「はるか」
「なんだい?」
「私、あなたが闘うのは嫌」
「うん」
「でも、あなたが闘うと決めたのなら。セーラーウラヌスになると覚悟を決めたのなら。私もはるかを愛しているから、ウラヌスをも愛し抜くわ。愛するひとの闘いを最後まで、闘いが終わるその時まで、ずっと見届ける。それが、私があなたに差し出せるたったひとつの愛の証よ」
「それで良い。僕は嬉しいくらいだ」
「どうして?」
「見ず知らずの他人に仕えるより、沙羅に仕える方がずっと幸せだ。心から君だけの為に闘えるんだからね」
「はるか…」


ぎこちなく、沙羅が微笑んだ。
周りまで華やぐような微笑みではないけれど、陰りを帯びた表情を見るよりはましだ。

「さて、この話はこれで終わりだ。それより、僕と海王みちるの無限学園への編入の件だけど?」
「ああ、お祖父様から理事長へ話を通して貰ったわ。三学期から無限学園に編入してちょうだい」
「オーライ。編入先は沙羅と同じクラスかな」
「さあね。みちると同じかも知れないわよ」
「別に構わないよ。でも、沙羅がいないのは嫌だな」
「みちるのこと、嫌い?」
「嫌いってわけじゃないけど。彼女、沙羅のライバルなんだろ?」
「っ、いつから気付いていたの?」
「絵のモデルになってくれって言われた時、かな。なんとなく雰囲気で判るさ」
「そう、そうよね。判るわよね」
「伊達でモテているわけじゃないからね」
「はるかが言うと、嫌味にならないのが不思議ね。ねぇ、私。みちるにむごい仕打ちをしたわ。計算ずくで、はるかを無理矢理諦めさせたの」
「沙羅」
「我ながら、嫌な女。手段を選ぶ余裕なんて、手を汚さないでいる余裕なんて、ないの。はるかと一緒にいる為なら、他人を傷付けても構わないの」
「それでも僕は、沙羅が好きだよ。僕の為に汚してくれた、その掌ごとを君を愛してる」
「ひとって傲慢ね。愛の為なら、犠牲すら厭わないんだもの」
「僕たちが犠牲を出すやり方でしか愛し合えないなら、犠牲にした以上の人達を救えば良いだけだ。心さえ汚さなければ、綺麗な心を貫ければ、僕たちは愛を失いはしないさ」
「そう、ね。私のセカイには、真っ白なはるかしかいない。はるかを汚さないように、生きるわ」
「僕のセカイに住む、真っ白な沙羅を護って見せる」





触れるだけの口づけをして。
犠牲の上に成り立つ、危ういセカイを愛で染めると、目だけで誓い合った。





キミとセカイ




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