「沙羅、それで」
私の船室のソファにそれぞれの腰が落ち着いた頃、隣に座ったはるかが私に話すよう促す。
向かいのソファからは、私については何も知らないみちるの探るような視線が、硝子のテーブル越しに鋭く私に向けられていた。
「判ってる。全部話すわ。みちるにも何も話して来なかったし、ね」
パーティーバッグから、ブラッディー・ローズを取り出して、硝子のテーブルの上に置く。
「姉様、これは…」
「ブラッディー・ローズ。私の宿命の証しよ」
「豪華なネックレスだってことは、僕にも判るけど」
「このネックレスはね、先代から受け継いだものなのよ」
「それは、神崎の家でかい?」
「いいえ。我が王家クリムゾン・プラチナムの女王になった者が、代々受け継いできたの」
「クリムゾン・プラチナム?沙羅は神崎家の出身だろ?王家って一体…」
「その前に。みちるの守護星は海王星。はるかの守護星は天王星。そうよね?」
「はい。わたしは海王星を守護にもつ戦士、セーラーネプチューンです」
「ええ。あなたと同じように、私にも自分の星があるの」
「沙羅の星…」

はるかが先を促すように、私の指先を掌で包み込む。
その掌のぬくもりに背中を押されて、私は最後の覚悟を決めた。

「私は、太陽系全体を統治している太陽王家クリムゾン・プラチナムの女王、クイーン・アポロニア。そして、太陽の女王にはもう一つの宿命がある。星々の運命を見届け、セーラー戦士を導き、祈りを聞き入れ、断罪の武器を発動することが出来る。太陽系唯一の絶対神、太陽女神を継承するという宿命よ。太陽女神を継承した時に賜った名前は、ムネメ。だから私の正式な名前は、クイーン・アポロニア・ムネメというの」
「沙羅は沙羅だろ。ムネメって…」
「ムネメは記憶という意味よ。現世に転生した戦士たちに前世の記憶を授けること。それから、太陽系総てを把握し記憶し伝承する者という意味合いもあると聞いているわ」
「君はいつ、それを」
「はるかと出逢った時だから、小学生だったかしら。あなたとの出逢いが覚醒の引き金だったみたいね」
「それ以来、君はずっとひとりで耐えてきたのかい?」
「耐えるってほどの事でもないわよ。常に太陽系全体を把握出来る能力を得ただけだもの。ダーク・キングダム、ダーク・ムーン、そしてデス・バスターズ。総ての敵の侵略を知っていて、その闘いの顛末を見届けてきたわ。私は、太陽を司る神。星々の闘いに干渉する権利を有さず、戦士と一緒に闘うことすら叶わない。私の唯一無二の武器、アガナ・ベレア(優しい矢)は最後の断罪の為だけに存在するものだから。星やセーラー戦士たちが力尽きた時に、はじめて世界を滅亡から救う発動条件を満たすの。それまではどんなに手助けしたくても、闘いに加わることは絶対に赦されない。私の使命は、闘う事ではなく見届ける事だから」
「沙羅が、僕たちの闘いを見届けるの、か」
「ええ」
「姉様が、幻の太陽女神だったのですね…」
「黙っていてごめんなさい。本当はセーラー戦士に存在を知られてはいけないの。でもあなたたちは特別だから、教えたのよ」


言わなくても良い。
知らなくても良い。
でも、ひとりで見届けるのは、辛いから。
前世の暖かな記憶を手放すことは出来ないから。
私は私の意志で、みちるとはるかの手を掴むと決めた。
それがエゴだと判っていても、諦めるわけにはいかない。



「あなたたちには戦士の名前とは別に、前世で私が名付けた名前があるの。はるかはメレテ。実践と云う意味。みちるはアオイデ。歌と云う意味。あなたたちは前世で、クリムゾン・プラチナムのクイーンになった私を、太陽神殿パレス・ソーレムで護り支えてくれていた双璧でした」


みちるとはるかが、わたしの言葉の続きをじっと待っている。


「今、あなたたちにクリムゾン・プラチナムに関わる前世の記憶を授けます」
「姉様。授けるとは、どのような」
「私ははるかと出逢い、覚醒しました。けれどそれは仮の覚醒。真にクリムゾン・プラチナムのクイーンとして、太陽女神として、覚醒する為に私はブラッディー・ローズをつけるのです。クイーンの真の覚醒を以て、あなたたちにクリムゾン・プラチナムに関わる総ての記憶を授けます」


はるかと出逢い覚醒した私は、前世の母、クイーン・アポロニア・レトに導かれて記憶を取り戻し、自分の宿命を知った。
その時、クイーン・アポロニア・レトが授けてくれたものがある。
ひとつは、ブラッディー・ローズ。
もうひとつは、二人分のリップ・ロッドと、三人分の通信機。
運命が迫り来るまで、決してブラッディー・ローズが発動しないように、私が真の覚醒をしないように、母なるクイーン・アポロニア・レトは私に封印をかけた。
封印を解く鍵は、リップ・ロッドの発動。
みちるがリップ・ロッドを使い、セーラー戦士になった時点で、私にかけられた封印は解けていた。
後は、私が、ブラッディー・ローズを発動させる、だけ。

おもむろに硝子テーブルからブラッディー・ローズを掴み、首にかけた。
首の後ろで、真鍮の留め金をかける。
滴るような血の色をした大きなルビーに、指先で触れた。

「我が王家クリムゾン・プラチナムに忠誠を誓いし者よ。汝、母なるクイーン・アポロニア・レトの後継者として、このクイーン・アポロニア・ムネメを、絶対無二の主と認め、今ここに汝の神力を解放せよ」


どくん。どくん。
ブラッディー・ローズが熱を帯び、紅く眩い光を発した。
その眩い光はいつしか私の体を覆い隠し、ルビーに触れている指先から私の体の中へ、制御しきれないほどの神力が注がれていくのが、判る。



「緋色の、艶やかなドレス…紅く輝くブラッディー・ローズ…ねえ、天王さん…」
「ああ。僕たちは知っている。頭上に真紅のティアラを戴き、アガナ・ベレア(優しい矢)を左手に持つ、たったひとりの僕たちの女神…」


太陽王家クリムゾン・プラチナムの女王にして、太陽神殿パレス・ソーレムの女神。
そして、僕たちの、たったひとりの主君。
クイーン・アポロニア・ムネメ。
僕と海王みちるは、クイーン・アポロニア・ムネメに導かれて、戦士へと変身した。


「我が主君、クイーン・アポロニア・ムネメ。只今クイーンの双璧、セーラーウラヌスことメレテ、セーラーネプチューンことアオイデの両名、御前に…」



「あなたたちが戦士として、完全に覚醒した今。私があなたたちを闘いへと導きます。どうか、この世界を沈黙から救って下さい。それが私のたったひとつの願いです」
「御意。必ずやその願い、わたしたちが叶えてご覧に入れます」
「僕たちの主君。使命は、必ず果たします」



私の足元に跪き、緋色のドレスの裾に忠誠の口付けをするネプチューンとウラヌスを、私はただ見つめていた。



女王たる孤独が、神たる孤独が、私にしか背負えない、重いカルマ。





キミハカルマ




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