「はるか、こちら海王みちるさん。今日のパーティーでバイオリンを弾いて頂いたの。絵画の才能もあって、日本画壇では天才画家の呼び声も高い才女なのよ」
「へえ、彼女とは面識があるんだ。この前の陸上大会で僕に絵のモデルをしてくれって言って来た子だろ。まさか沙羅の知り合いだったとはね」
「沙羅姉様とは生まれた時から、家族ぐるみのお付き合いをさせて頂いております」
「ふうん」


無関心と不機嫌を隠さないはるかに、臆することなく向き合うみちる。
みちるを睨みつけ唇を噛み締めるはるかの腕に、縋りついて寄り添いたい気持ちを押し隠して、私は二人が纏う凍てつく雰囲気をただ見ていた。


「天王さん。あなたともう一度お話ししたくて…」
「絵のモデルなら断っただろ。わざわざ沙羅を使って僕に接触するなんて不快だね」
「そうね、ごめんなさい」
「私がみちるに、パーティーでバイオリンを弾いて下さるようにお願いしたのだから、あまり責めないで。それより、ねえ。はるか。船の大階段に飾ってある大きな絵を見た?」
「え、ああ。崩れ落ちる街に津波が押し寄せる、不吉な…」
「あの絵の作者が、みちるなのよ」
「へ、え。お嬢さんなんかの妄想で、よくあんな恐ろしい絵が描けるな」
「妄想じゃ、ありません。天王さんには、きっと見覚えがある光景なんじゃないですか?」
「莫迦な事を言うなよ」


苛立つはるかの口調は、きつくみちるに向けられる。
それでもみちるは、穏やかな笑みを崩さなかった。


「天王さん。あなた、風が騒ぐ音が聞こえるのではなくて?」
はるかが息を呑むのを、隣で感じた。
「まだ莫迦な事を言い続けるつもりかい?僕は今や日本初のジュニアレーサーさ」
「それが叶わない夢だって、判っているはずよ」
「知るもんか。僕はレーサーとして沙羅と共に生きる。必死になってこの掌に掴んだ夢も、沙羅も捨てない」

みちるははるかの言葉に、はじめて表情を曇らせる。
そんな自分を鼓舞すように、笑顔をつくり直してはるかに向き直った。

「わたしね、あなたがもう一人の戦士だって知って嬉しかった。わたしの学校にも、あなたのフリークが沢山いるのよ。あなたと沙羅姉様のことも知らないで、あなたの車に乗って海岸をドライブしてみたいなんて、言ってたわ」
「それでなんで君が嬉しいんだい?」
「わたし、あなたがもう一人の戦士だって知る前から、あなたの事が好きだった。沙羅姉様には勝てっこないけど、それでもずっとあなたの事、追い掛けて来たのよ。沙羅姉様に頼んで、あなたが出場した陸上大会やモーターレースに連れて行って貰ったりして。だから、あなたと闘えると知って、すごく嬉しかった。あなたの人生のパートナーには絶対なれないけど、あなたの闘いのパートナーにはなれるんですもの」
「、え」

総ては私が仕向けたこと。
みちるとはるかが出会うように、はるかが出場した陸上大会にみちるを差し向けた。
ひたすらに使命から逃げるはるかと、使命を自覚したみちるが向き合う機会を作る為に、船上パーティーで二人が再会するように、策を弄した。
みちるに、はるかへの気持ちの決着をつけさせるべく、陰でみちるを操った。
どんなひとにも、はるかは渡さない。
だけど、闘いの運命の歯車を変える権利は、私にはない。
どんなに大切なひとが危険に晒されると知っていても、闘いから遠ざけて良い理由にはなり得ない。
たとえ、大切なひとに残酷な運命であっても。絶対。


「はるか…」
「沙羅?」
「はるか…ごめんなさい」
「もしかして君は知っているのかい?」
「ええ。あなたがどんな夢を視ているのか、何を恐れているのか、何から逃げているのか、私は知っている。世界の終焉のことも、はるかとみちるの運命のことも、全部。知っているわ」
「知ってて、沙羅は…」
「っ、沙羅姉様があなたに言えるはずがないじゃない。あなたを誰よりも愛してるのは、沙羅姉様ですもの。愛するひとが危険の渦に巻き込まれるのを、なすすべもなくただ見ている事がどれだけ辛いか。その苦しみが、あなたには判らないの?」
「いや…」
「みちる。良いの。知ってて黙っていたのは私だもの」
「君らがどんなことを僕に求めているのかは知らないよ。世界の終焉も、沈黙から世界を救う宿命も、僕には関係がないことだ。誰かがやらなければならないなら、海王みちるさん。君がやればいい」



運命に抗おうとするはるかに、必死で逃げているはるかに、闘う使命を帯びていない私がかけられる言葉なんて、一つも見つからない。



「ふざけないで。わたしだってバイオリニストになる夢があるの。世界を破滅から救うなんて馬鹿馬鹿しいこと、やってられないわ」
「それが本音かい?そう思うなら、やらなければ良い」
「沙羅姉様が、あなたが愛した沙羅姉様が、わたしを導いて下さると言ったわ。泣きたいのを必死に堪えて、姉様はわたしたちの闘いを見届けると笑って下さった。わたしが運命を受け入れる理由があるとしたら、それだけで充分だわ」
「沙羅…」
「なあに?」
「君は、一体…」
「なにものなのか、って訊きたいのかしら」
「ああ。無関係じゃないんだろ」
「そうよ。あなたたちには話さなければ、いけないわね。私の船室に場所を移しましょう。ここは人目が多いわ」





肌身離さずにパーティーバッグの中に隠し持っていた、ブラッディー・ローズ。
滴るような血の色をした大きなルビーを中心に、ガーネット・レッドスピネル・モルガナイトを散りばめた、ネックレス。
私の為だけに輝き、私の為だけに存在する、孤高のネックレス。
これを身に纏うのは、今だ。
ブラッディー・ローズの出番なんて、ずっと来なくて良かった。
私が、ブラッディー・ローズを身に纏う時、それは闘いを見届ける宿命を果たす時。
私も、自分に架せられた運命を、受け入れなければならない時が来た。
もう、どこへも逃げられはしないし、逃げる理由も見当たらない。
私が宿命を果たす場所は、此処にしかないのだから。





ビロードの闇




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