『沙羅お嬢様、みちる様がお見えになられましたが…』
『あら、赤坂に越してきてからは一度も寄りつかなかったのに、どうしたのかしら』
『それが…ひどく思い詰めた様子でいらして。玄関ホールでお待ち頂いていますが』
『そう、すぐに会います。リビングにお通しして、落ち着くお茶を差し上げて』
『畏まりました』




春休みの、とある麗らかな昼下がり。
はるかは大規模なモーターレースがあるとかで、ベルギーに出掛けていて、私は少し暇を持て余し気味。
あまりにタイミング良く訪れた、思い詰めているという妹分。はるかに惹かれている胸の内が、痛いほどよく判ってしまうけど。
はるかと共に生きると決めた時、深く胸に刻んだのは、愛の代償を背負う覚悟。
会わずにやり過ごせば楽だし、きっとみちるの泣き顔も見なくて済む。
けれど、避けては通れない。
愛を貫くならば、いずれ会わなければならないことは判りきっていた。
私は愛するひとと共に生きる為に、可愛い妹分を傷つけてしまうことすら厭わない。
最早、躊躇う理由すらありはしない。
何を犠牲にしても、はるかと生きる。生き続ける。
それが私の、覚悟の総て。
はるかのことで、みちるにどれだけ詰られようとも変わらない、譲れない。
そう、思っていた。






「沙羅姉様」
「久しぶりね、みちる」
「ご無沙汰しております。個展の初日にお花を贈って頂いたのに、お礼も言えなくて…」
「素敵な個展だったわ。お礼なんて水臭いことは言いっこなしよ」
「ありがとうございます。姉様」
「それより、どうしたの。あなたが前触れもなく赤坂まで来るなんて。何かあったの?」
「あ、あの。天王さんは」
「ベルギーに行ってる。ここには私とあなたしかいないわ」
「そう、ですか」





みちるの曖昧な笑顔に、心が冷えた。
はるかのことなんかじゃ、ない。
予感していたことが、現実になる。
いつかは起こるはずの、起きては欲しくない未来が、現実になるというのならば。
運命という決められた残酷な道を、それぞれが歩き始めなければならないのならば。
私は、それを見届けなければならない。
出来ることなら、手も出せずにただ見守る、なんて宿命は受け入れたくはない。
いっそ、はるかと別れてくれ、はるかを譲ってくれ、と言われた方が、良かった。
ただ、みちるが傷つくだけで、済んだ。
でも、私の予感が本物だとしたら。
傷だけでは、済まなくなる。
みちるの命すら。なくなってしまう日が、来る。
私が望まない未来が、いずれ。







「みちる」
「は、い」
「あなた。はるかのことで、色恋沙汰で、私に会いに来たんじゃないのね」
「、はい」
「私に会えと告げられた?」
「どうして…」
「あなたに欠けている過去の記憶を、渡さなければならないのね」
「姉様…」
「あなたは、受け入れると決めたの?」
「決めました。血塗られた道を歩くのも、運命なら受け入れます」
「潔いのね。もっと足掻くのかと思ってた」
「、女神が」
「うん」
「わたしを導いてくれた女神の声が」
「うん」
「姉様の声だったから。逆らえる筈もないんです」
「みちる」
「昔から姉様はわたしのしるべです。今も変わりません」
「あなたは、莫迦ねぇ。大莫迦だわ」
「初めて、莫迦って言われました」
「あなたには似つかわしくない言葉かも、ね」






時間を稼ぎたかった。
みちるが思い留まるまで、引き止めたかった。
行くな、と言えたらどんなに楽か。
でもそんなことは、嘘でも言えない自分に、心底腹が立つ。
引き返して良い、覚悟なんかしなくて良い、唇から零れそうな言葉を噛み締めて。
簡単なことなんかじゃ、ない。
犠牲も流血も無く、運命を曲げて安寧な未来を迎えることなんか、出来る筈もない。
みちるに犠牲にならなくて良いから逃げなさい、とは言えない。







「みちる。ごめんなさい」
「姉様?」
「あなたの為に、私は何もしてあげられない」
「いいえ。姉様が導いて下さると知ったから、わたしは運命に身を任せる決意を固めました」
「わ、たし?」
「天王さんが愛したひとですから」
「憎くはないの?」
「憎まなかったわけではありません。今日、心穏やかに姉様にお会い出来る確信さえなかったくらいには、憎かったのだと思います」
「それが、なぜ?」


みちるは私が知らない顔で、あざやかに笑って見せた。


「天王さんのことは好きです。でも姉様のことは、天王さん以上に好きなんです」
「、ありがとう」
「本当にこれで心残りはなくなりました。姉様、わたしに運命を歩ませて下さいますか?」
「歩ませたくは、ないのよ」
「はい」
「でも決めたのでしょう?」
「動き出した歯車は止まりませんわ。判っているから、姉様もわたしを一度も止めなかったのではありませんか?」
「ええ、そうかも知れない。だから、あなたにこれを渡すわ」


戦士として生きる証を。
闘いに身を投じる覚悟を。
一度手にしたら手放すことは二度と叶わない、リップ・ロッドを。
何も言えずに、みちるの掌に、のせた。
運命の鍵を渡してしまえば、祈ることしか私に出来ることは残されていない。



「みちる。世界を、未来を、救って」
「必ず。姉様が信じる未来を、護って見せます」
「もう一人の戦士も近い内に目覚めるわ」
「、はい」
「すぐに、会えるから」




もう少し待って。
大切なひとが闘いに赴く姿を、見届ける覚悟が私にはまだ、ない。





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