「ねぇ、はるか」
深刻そうに僕の名前を呼ぶ沙羅が、緊張しているのが僕にも伝わって来て、思わず居住まいを正した。
「なんだよ、どうしたんだい?」
「わたし、はるかの部屋に越して行っても良いかしら」
「僕は大歓迎だけど。どんな心境の変化があったんだい?」
僕の目の前にいるのは、いつもの沙羅ではなかった。
上手く言葉に出来ないけど、今までの僕が知っている沙羅とはどこか違う。
僕なんかじゃ計り知れない覚悟を決めた、眼をしていた。
「明日、引っ越すわ。ひと部屋空けておいて」
「あ、ああ」

僕が恋しくて決めた同居ではないらしい。
もっと大切なものの為の決定なのだろう。
でも沙羅はそれを僕には言わない。
僕にも聞き出すつもりはない。
きっと沙羅の心の中には、僕やみちるには言えないことが沢山詰まっている。
女神、だから。
総てを見通す全知全能の神だから。
いつだって孤独と闘っている。
気安く聞き出して良い筈がないんだ。

「オーライ。待ってるよ。手伝う事はあるかい?」
「いいえ。もう荷造りも済んでいるのよ」
「準備が良いんだな」
「前に言ったでしょう?当分は冥王州で暮らす、って」
「あ、ああ。言ってたな」
「その時が、来たのよ。ただそれだけのことだわ」

沙羅の横顔が曇っていくのが判る。
沙羅自身、望んでいた未来ではないのかも知れない。
沙羅が恐れていた時が来たのかも知れない。
僕はそんな沙羅を支えてやる事も出来ていない。
この身の、この立場の、歯痒さを感じる。






引っ越しは滞りなく終わり、僕の寝室の隣に沙羅の寝室が出来上がった。
テキパキと荷解きをする沙羅の横顔は、赤坂で暮らしていた時よりずっと逞しいものだった。
沙羅はどんどん強くなる。
僕は、何か変わっただろうか。
沙羅に釣り合う人間になれているのだろうか。
なんて、下らない疑問ばかりが浮かび上がる頭を、僕はそっと振ってみた。



「これではるかと一緒に暮らせるわね」
にこやかな沙羅。
けれどもどこかに少し陰のある微笑みを、僕に向ける。
「沙羅、君は辛いのかい?」
「はるかには適わないわね」
「じゃあ…」
「確かに運命は動いたわ。わたし独りじゃもうどうしようもないくらいにね」
「沙羅が望まない運命が…?」
「望まない運命だとしても、わたしには最後まで見届ける義務があるわ。本当はこんな運命、握り潰してしまいたいくらいだけど」
「運命は、誰にも変えられないのか?」
「前に言ったわよね。変わらない未来なんてない、って。絶対に、変えて、見せるわ」
「沙羅…」
「この前、太陽神殿に行った時、クイーン・アポロニア・レトから『先読み』の力を授かったわ。未来が視える力よ。これで本当に全知全能の太陽女神になってしまったの。視えない筈の未来が視えてしまうなんて、もうわたしは人間には戻れないのよ」
「沙羅は人間だ。こんなにも暖かい掌を持っているじゃないか」

沙羅の両の掌を僕の掌で包み込む。
沙羅の温もりを感じる為に。
僕の温もりを沙羅に伝える為に。



「ありがとう、はるか」
口許に微笑を浮かべた沙羅は、そっと僕の掌から離れていった。



「はるかが何と言ってくれても、もうわたしはただの人間には戻れない。だって、わたしは、太陽系を統べる太陽女神、クイーン・アポロニア・ムネメなんですもの」




その双眸にはいつになく厳しい光が宿っていて、僕はその迫力に圧倒される。





沙羅の支えになりたい。
孤独を和らげてやりたい。
沙羅が安らげる場所がいつも僕の隣で在れば良い。
僕に出来るのは、いつだって願う事だけだ。





勇敢な君に




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