ある日曜日の昼下がり。
沙羅が僕の部屋に来て、パスタを作ってくれた。
カルボナーラとコンソメスープと、温野菜のサラダ。
その時にたまたま僕がサラダにかけるべく持っていた『ピュアドレッシング』のラベルを見た時、沙羅が一言『そういえばピュアな心…』と意味深な言葉を呟いた。

「ピュアな心?」
「そう。純真無垢の心を結晶化したものを、ピュアな心と呼ぶの。デス・バスターズはそれを狙っているのよ」
思っていた以上にシリアスな答えが返ってきて、僕はそっとドレッシングを食卓に置いた。
「なんの、為に?」
ダイニングテーブルで沙羅と差し向かいで座っている。
僕は思わず、沙羅の方へ身を乗り出した。
やっと沙羅が僕たちに使命を伝えようとしていると気付いたからだ。
「特別にピュアな心にはメシアを召還する為の、タリスマンが宿っているの」
「タリスマン…」
「三種の神器と同じで、剣と鏡と珠だと聞いているわ。三人の選ばれた人間のピュアな心を犠牲にして、メシアを召還するのよ」
「三人の犠牲を出してでも、僕たちはタリスマンを探し出さなきゃいけない、のか」
「ええ。我ながらむごい事を言ってると思うわ。はるかとみちるに掌を汚せ、って言ってるのと変わらないんだもの」

沙羅の笑顔が陰る。
そんな顔をさせたいんじゃない。
沙羅が幸せそうに笑わなきゃ、意味がない。
夢も命さえも沙羅の為に投げ出すと決めた、僕とみちるの覚悟の意味がない。

「それでも沙羅は僕たちに命じるんだろ?」
「そうよ。わたしは太陽女神クイーン・アポロニア・ムネメ。多くの命を救う為には、多少の犠牲を出す事さえ厭わない。それ以外の方法で世界を救う事が出来ないのならば、断行するまでよ」
「判ってるさ。でも、沙羅ひとりに辛い思いはさせない。その為に僕とみちるがいるんだ」

やっと沙羅が柔らかく微笑んだ。
少しの希望と沢山の哀しみを抱えた、そんな瞳で。

「はるか。それでも私は、犠牲が出ないやり方がないのか、まだ躊躇っているの。本当なら誰の命も失いたくはないから」
「沙羅が胸を痛める必要はないさ。人殺しの烙印だって、沙羅の為なら僕は喜んで受け入れるよ」
「はるかは私に優しすぎるわ」

苦笑する沙羅の眼は、深く深く哀しみに耐える眼をしていた。
世界でたったひとり、そんな孤独に押しつぶされそうで、泣き出しそうで。
僕はとっさに立ち上がり、沙羅を背中から抱き締めていた。

「はるか?」
「僕じゃ、足りないか?」
「え…」
「沙羅の孤独を消すには、僕じゃ足りないか?」
「そんなこと、ないわ」
「頼むから、そんな哀しい眼で笑わないでくれ」
「沙羅には、僕もみちるもいる。絶対孤独なんて感じさせないから。だから、笑ってくれ」
「笑う?」
「ああ、沙羅が幸せそうに笑える世界を護る為に、僕とみちるがいるんだ」
「私の為、に」
「そうさ。世界の破滅なんて知った事じゃないけど、沙羅が笑える世界は護りたいんだ」
「エゴイスティックね」
「正義の味方なんて、案外利己的なものさ」
「本当にあなたって、優しすぎるわ」

くすくすと笑う沙羅の表情からは、さっきまでの孤独の色は消えていた。
心から楽しそうに、幸せそうに、沙羅が笑ってくれる。
それだけで、僕たちは命すら投げ打つ覚悟を確かなものに出来るなんて、きっと沙羅は知らない。
知らなくて良いことだ。


沙羅さえ笑ってくれれば、いつまでもこの月は沈まない。




この月は沈まない




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