『太陽神殿パレス・ソーレムは、男を拒む』

それは、太陽系に広がっている伝説のひとつ。

太陽王家クリムゾン・プラチナムの連綿と続く系譜を遡れば、必ず第一王女が継承して続いてきていることが判る。
太陽女神に夫がいた事実すらなく、長い歴史の中で男子が産まれたこともない。
女神は日蝕に合わせて、一人で細胞分裂をして娘を産む。
正に、神業。

当代の太陽女神、クイーン・アポロニア・レトが第一王女を産んだのは、地球で言うところの皆既日食の日だった。
幼名を沙羅と名付けられた王女は、次代の太陽女神としての教育を受けながら、古くから仕える女官や巫女たちの手で育てられる。
太陽王家クリムゾン・プラチナムの女王として、太陽女神として、銀河系に君臨することが生まれながらに決められている、孤独な宿命を全うする為に。



初めて外部太陽系戦士が揃って、太陽神殿パレス・ソーレムで沙羅王女に拝謁した時。
僕は王女を包む、まばゆく暖かな光に心から魅了された。
外部太陽系の星々は、暗く孤独だ。
太陽の光を僅かにしか感じられない、辺境の地でひたすらに外敵を防いできた。
もし叶うのならば、あの光に触れてみたいと。
暖かな光で照らされたいと、願ってしまった。

太陽女神クイーン・アポロニア・レトの傍らで、太陽女神の一族であることを示す緋色のドレスを身に纏い、あどけなく柔らかな笑みを浮かべて座っている王女に、僕は一目で恋をした。

どう考えても、赦される恋じゃない。
戦士と、次代の太陽女神が結ばれる筈がない。
それでも僕は、諦められずにいた。
護るべき月の王国、シルバー・ミレニアムですら、どうでも良いと思ってしまうほどに、太陽女神の娘を愛してしまった。



太陽神殿パレス・ソーレムでの滞在中は、クイーン・アポロニア・レトとも、沙羅王女とも、親しく過ごすことが許された。
太陽神殿パレス・ソーレムの中をクイーンの案内で見物して回ったり、沙羅王女の遊び相手をして庭の散歩もした。


太陽の中に浮かぶこの城は、女神の力によって、太陽の熱と光から護られている。
クリムゾン・プラチナムを包む擬似的な空と四季、清浄な空気の総てが女神の存在によって成り立っているのだと云う。
歴代の女神が繋いできた強力な神力が、パレス・ソーレムとその周辺を人間が棲める環境に調えているお陰で、女官や戦士も太陽に滞在することができる。

初代の太陽女神、クイーン・アポロニア・ムネメ1世が、クリムゾン・プラチナムの地盤を創り上げ、パレス・ソーレムを築いたと云われている。
月や地球、あらゆる星を照らすと決め、太陽系を創った真の神クイーン・アポロニア・ムネメ1世。
沙羅王女の面差しは、パレス・ソーレムに飾られているクイーン・アポロニア・ムネメ1世の肖像画に、驚くほど似ていた。


「ウラヌス」
「はい」
「何か悩み事ですか。食欲がないようですけれど」
クイーン・アポロニア・レトの微笑みに、僕はハッとした。
「いえ、クイーン。少し疲れが出ただけです」
「そうですか。折角太陽まで来たのですから、この城で過ごす間だけでも休んでいくと良いでしょう。沙羅、ウラヌスを休ませておやりなさい」
「はい、お母さま」
食事の手を止め、クイーンの横から僕に差し伸べられた小さなてのひらを、僕は押し抱くようにそっと握った。




「この城にお客が来るのは久しぶりだったから、とても嬉しいのよ」
楽しげに弾む声、艶やかな長い黒髪。
緋色のドレスがふわりと揺れて、細い足首が裾からのぞく度、僕は顔が火照り熱くなっているのを自覚して、目のやり場に困った。
豊かな緑に囲まれた回廊を、手をつないで沙羅王女と歩いていることが、まるで夢のようで。
パレス・ソーレムに滞在している中で、沙羅王女とすっかり打ち解けてしまった。
身近に感じれば感じるほど、叶わない恋をしているのだと痛感する。
間違いでなければ、沙羅王女も僕に好意を持っている。
それが事実であったとしても、結ばれるはずもない関係なのに。
僕は、わきあがる浅はかな思い上がりを、コントロールできずにいた。


「ウラヌス、そなたはいつも無口なのね」
「そうですか」
「ええ。ネプチューンもサターンもプルートも、外部太陽系がどんな所なのかを話してくれました」
「何もない、寂しい所です」
「ええ、みなもそう言っていました。ありがとう。そなたたちが孤独に負けずに外敵と闘ってくれているから、私たちはここで静かに暮らせるのですね」
「僕は、何も…」
「私とお母さまからそなたたちに、今までの働きへの恩賞をとらせたいと考えています。なんでも願いを言って下さい」
「いえ、勿体ない思し召しです」
「それだけの働きをしているのですから、遠慮は無用です」
「そのお言葉だけで充分でございます」
「ウラヌスは欲がないのですね。今すぐにとは言いません。しばらく考えてみて下さい」
「はい…」


僕の望みが沙羅王女だと、どうして言えるだろう。
太陽系銀河を統べる、不可触の女神に僕の手が届くわけもないのに。
沙羅王女を見る僕の視線が、熱を帯びていく。
それを知ってか、沙羅王女は頬を紅く染めて微笑んだ。


「ねえ、ウラヌス」
「はい」
「そなたは強い眼をしていますね。何がそなたを強くさせるのですか」
「もし僕を強くさせるものがあるのだとしたら。それはクリムゾン・プラチナムに連なる、太陽の眷族としての誇りに他なりません」
「誇り…」
「暗く冷たい外部太陽系で過ごしている僕たちを、太陽の強い光で照らして下さる女神に恥じない働きをしたいと願う気持ちが、僕を強くするのです」


沙羅王女は嘆息し、僕の両手を強く握り直した。


「私も、いずれは太陽女神となる身です。そなたの気持ちに恥じぬ覚悟を持つ女神になれるよう、精進します」
「もう立派な王女におなりです」
「お母さまに比べたらまだまだ足りません。太陽系を治めていくこと、闘いを完全に制圧するアガナ・ベレア(優しい矢)を放つ覚悟を決めること、たくさんの戦士たちの働きに報いること、闘いの総ての行く末を見届けること。私に課せられた使命の全部を、孤独に負けずに全うしていくとそなたに誓います。ウラヌス」
「、はい」
「もし私が誓いを破ったら、そなたの手で私の命を終わらせて下さい」
「不可侵の女神は不死身です。僕の力では及びません」
「ではそなたの剣を、タリスマンを出しなさい」

腰におさめていたスペースソードを鞘から抜いて、沙羅王女の前に跪き捧げ持つ。
抜き身の剣を差し出して跪くのは、古代から伝わる騎士の忠誠の証。
セーラー戦士の中で、剣の保持を認められる僕だけが唯一、女神に忠誠を誓うことを許されている。
スペースソードの白い刃に、沙羅王女の細い指が触れた。
聞き取れないほど微かな声が、呪文を唱えているのだと判った時。
刀身が光を帯びて、ぼんやりと輝きを放った。

「そなたが私を殺せるようにタリスマンに力を授けました。そなたが本気で私に殺意を持った時にだけ発動するよう、まじないをかけてあります」
「沙羅王女…」
「未来永劫、私を殺せるのはそなただけです。次代に力と知識の総てを与えるまで、太陽女神は不死身です。死ぬことすら赦されません。その私の願いは、そなたに殺されて命を閉じることです。スペースソードには、太陽女神の不死身の神力を破って、心臓を貫く力を授けました」


僕は押し黙るしかなかった。
狂おしいまで熱烈な、沙羅王女の愛の告白に応えられる立場ではないことは、充分に承知している。
けれど、差し出された手を掴まずにはいられるほど、強くはなかった。
それほどまでに、深く、深く、沙羅王女を愛してしまったのだから。
こうなれば、あとは堕ちていくしかない。
罪の重さを抱えて生きていかなければならないと、僕は愛の為に命と使命を投げ打つ覚悟を決めた。


「私の気持ちは、そなたのタリスマンに託しました」
「沙羅王女。僕とスペースソードは、必ず沙羅王女の運命の果てまでお供いたします。次代の太陽女神たる沙羅王女に、僕の総てを捧げることをお許し下さい」
「、許します」



愛し合ってしまったと、お互いに判っていながら。
僕たちには、ありふれた愛の言葉を囁き合うことさえ赦されない。
体を寄せ合う喜びも、共に支え合って生きる楽しみも、何もかもが赦されないのならば。
せめて、最期の瞬間まで付き従いたい。
愛した高貴なひとが命を落とす時、その命は僕の手で奪いたい。
利己的に歪んだ僕を、沙羅王女は許した。


「もし、私が生まれ変わったら」
「はい」
「その時はそなたの近くで生きてみたい。誰にも邪魔されず、そなたとふたりで、ひっそりと生きてみたい」
「ええ」
「生まれ変わっても、沙羅という名前のままでいます。だから、何回生まれ変わっても私を見付けて下さい」
「記憶が消えたとしても、僕はきっと何度もあなたに恋をします。魂が僕と沙羅王女を必ず結ぶでしょう」





あまやかな光が差し込む静かな回廊で、僕たちは自然に抱き合い、秘密のキスをした。
最初で最後の、キスだった。







深紅の花が、僕の掌に堕ちて、泣いた。




深紅の花




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -