クラウンの入り口から店内を覗き込むと、十番中学の制服を着た女の子の姿が見えて、私はそっと息をのんだ。
長い髪をお団子にした後ろ姿。
彼女を取り巻く白い風。
過去から何一つ変わらない、柔らかなまばゆい光を見つけた。
私が、太陽女神が、ひたむきに照らし続けてきた白い月のプリンセスが、そこにいる。
何度転生しようとも、どこに転生しようとも、私は絶対にプリンセスを見つけられる自信がある。
私が照らすと決めた、そのひとを見失うはずがなかった。




隣ではるかが、震える私の手を握ってくれる。
今更、怖いと言って逃げる場所なんてない。
総てを覚悟して受け入れた太陽女神の宿命。
自らの覚悟を反故にしてまで、逃げ出す理由は見当たらない。
どんなに過酷な運命を辿ることになったとしても、太陽系を統べる太陽女神を継いだ時から、その総てを見届けると覚悟を決めたのは、他ならぬ私自身。
ただ、その覚悟が現実になっただけのことなのに。
私はこの期に及んで、まだ恐れている。
近しいひとたちの危機と、運命の針が示す最後(みらい)を。




それでも、私は立ち向かわなければならない。
逃げ出さずに私の手で、運命の針を大きく進める時が、来た。









店内に入ると、レースゲームに夢中になっている女の子たちの、賑やかな声が響き渡っていた。
明日のF1界を背負うのは私たちでしょ!と赤いリボンの女の子が息巻けば、プリンセスがそんなものは背負いたくはないのよ、とうんざりした顔で返す。
その光景を見ながら、楽しそうにはるかが口許を緩ませた。


「あの子たちをからかいたいんでしょう。いってらっしゃいな」
「いいの?」
「誰が明日のF1界を背負うのか、教えてあげなくちゃ」
「オーケイ。任せて」
「ま、頼もしいこと」


くつくつと笑いながら、はるかがレースゲームに歩み寄っていく。


彼女たちの存在をはるかが気にするのは、当然のことだった。
転生を繰り返しても、必ず魂が引き合う運命で結ばれている。
過去から現実へ転生した、戦士たちの邂逅の瞬間。
出逢ってしまった以上、もう後戻りは出来ない。





「じゃあ、僕と走らない?」
「え、あ、はい!どうぞ」
赤いリボンの女の子が、隣に座っていたプリンセスを押しのけて、はるかに座るよう促す。
「美奈子ちゃん、ズルいよ」
「うさぎちゃん。いいから、いいから」
美奈子と呼ばれた赤いリボンの女の子は、自信あり気にマシンとコースを選択していく。
「沙羅、カバン持っててくれ」
はるかがひょいと、私にカバンを放る。
「高くつくわよ」
「後払いでいいかな」
微笑みだけを返せば、はるかは愉快そうに笑ってシートに体を沈ませた。
実際のレースさながらの本格的な、エンジン音と画面。
レース開始の音と共に、美奈子がアクセルを強く踏み込んだ。
軽快なハンドル捌きと真剣な眼差しを、はるかは目を細めて見ている。
「あのう、レース始まってますけど」
うさぎ、と呼ばれていたプリンセスが、ハンドルすら握ろうとしないはるかを見かねて声をかけた。
「ああ、ハンデくらいあげないとね」
「ハンデですって!」
悔しそうに強くアクセルを踏み込む美奈子を、はるかは楽しそうに悠然と見ている。
「ねえ、はるか。そろそろ良いんじゃない?」
レースに参加するよう促せば。
「そうだな」
発進から一気にアクセルを踏み込み、エンジンの回転数を上げていく。
はるかのマシンのスピードメーターは瞬く間に300キロを超え、美奈子のマシンとの差は僅かな物になっていった。
「さて。着いて来られるかな」
2台のマシンが並んだ。と、同時にはるかのマシンが更に加速する。
メーターを振り切りそうなくらいのスピードを維持しながら、涼しい顔でハンドルを操っているはるかを、プリンセスは呆然と見ている。
こんなゲームでのレースは、はるかにしてみれば児戯にも等しいのだろう。

レースを進めていく楽しそうなはるかを見ている内に、胸が痛んだ。
はるかを大好きなレースから引き離したのは、私だ。
自分の夢も周囲の期待も手離して、私だけを選んでくれたはるか。
はるかの覚悟に恥じないだけの強さが、私にはまだ足りない。



「周回遅れ!?」
めまぐるしいレース展開についていけなくなった、美奈子のマシンがフェンスに激突してクラッシュした。
美奈子の画面にはゲームオーバーの文字が浮かぶ。
「完敗だわ」
悔しそうに肩を落とした美奈子に、シートから立ち上がったはるかが笑いかけた。
「そうでもないさ。素人にしては上手いじゃないか」
はるかは天然の女たらしだと思うのは、こんな時だ。
いつだってはるかは意図せずに、微笑み一つで女の子を魅了してしまう。
美奈子も、はるかに魅了された女の子の内の一人になった。



「沙羅姉様、はるか。お待たせ」
みちるが纏う海の薫りが、ゲームセンターの中に漂ってきた。
「遅かったわね」
「ごめんなさい。デートのお邪魔をしないように、気を利かせたつもりでしたのよ」
「ありがとう。でもはるかは、私以外の女の子と楽しそうにゲームをしてたのよ」
「まあ、姉様に捨てられても知らなくってよ」
「二人ともそのくらいで勘弁してくれないか」
「そうね、マキシムのナポレオンパイで手を打つわ」
「沙羅は容赦がないな」
「カバンまで持ってあげたのよ。こんなに心の広い恋人で、はるかは幸せ者よ」
「姉様をカバン持ちにさせるなんて、ナポレオンパイでも安いくらいですわ」


微笑むみちると、焦るはるか。
それを見ていて、和む私。
場所がどこであっても、私たちの関係は何一つ変わらない。
はるかの風の薫りと、みちるの海の薫り。
それにプリンセスの白い月の風が、そっと混ざり合うのを感じた。




「なんだー。やっぱり恋人同士だったのね」



美奈子の悲痛な叫びに、プリンセスが大きな笑い声で応えた。




ミライボウル




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