コンドミニアムへの引っ越しも終わって、大した事件もなく迎えた新学期、新年度。
僕とみちるは、沙羅と同じ高等部へ進み、沙羅は高等部二年生になった。
朝、僕が冥王洲の沙羅の部屋へ行くと、沙羅がサンドイッチとサラダとスープの朝食を作って待っていてくれる。
朝のキスをして、朝食を摂りながら放課後の予定を話し合う。
大陽神殿にいる沙羅の前世の母、クイーン・アポロニア・レトからのお告げがあれば、敵を迎撃しに行かなくてはならないけど。
普段はウィンドウショッピングや、僕の車でのドライブなんて、恋人同士の甘ったるい放課後を過ごしている。
放課後の予定が決まると、二人でみちるを迎えに海王洲へ向かう。
手を繋いで二人で歩く少しの距離が、言い表し様のない至福の時間だ。

周囲の心配をよそに沙羅は、良好な一人暮らしを満喫している。
部屋はいつも丁寧に掃除をして、自分で洗濯もして必要があればコンドミニアムのコンシェルジュにクリーニングの依頼もして、食材や生活雑貨を買いにスーパーへも行く。
時々、お祖父様に呼ばれて神崎グループの会議に行ったり、自室の書斎にこもって重要書類に目を通して判を押したりする以外は、ごくありふれた高校生の一人暮らしだ。
最も、沙羅が買い物をしているのは会員制の高級スーパーで、一般人では出入りすら出来ないのだが。







「はるか、今日は十番街に行きたいの」
「十番街、ね。どこか行きたい店でもあるのかい?」
「ゲームセンターに行ってみたいわ。クラスの子がクラウンっていうゲームセンターに、格好いいお兄さんがいるって教えてくれたのよ」
「僕よりかい?」
「あら、妬いてるの?大丈夫よ、私にはあなたしかいないから」
「そんなことは判ってるさ」
「当然よ。二人で生きるって決めたのは、私たちが二人でひとつの魂だからだもの」


真っ直ぐな沙羅の眼。
真っ直ぐな沙羅の言葉。
それ以上に真っ直ぐなのは、沙羅の気持ち。
沙羅の覚悟と愛に向き合える、そんな人間でいたいと思った。



「みちるは来ないのかい?」
「バイオリンを修理に出しに行くって言ってたから、クラウンで待ち合わせることにしたの」
「それまでは僕たち二人でゲームセンターを堪能するとしようか」
「ええ、楽しみだわ」



無限洲から電車に乗って、十番街に向かう。
切符の買い方も判らなかった沙羅も、今ではすっかりスムーズに切符を買って電車に乗れるようになった。
初めて電車に乗った時は、逆方向の山手線に乗って降りる駅が判らずに迷子になった沙羅。
そんなことは微塵も感じられないくらい、たくましく成長してきた。





駅を出ると、そこは既に十番街だ。
無限洲とは違う、生活に根付いた熱気と活気を持ち合わせた商店街。
高級店と八百屋などの雑多な店が同じ場所で軒を連ねる、不思議な光景が妙に懐かしく思える。





「はるか」


目的地の手前で、沙羅が不意に立ち止まる。
繋がったままだった手がほどけて、僕の頬を細い指が包み込んだ。
大切なことを告げようとする時の、沙羅の癖。
潤ませた沙羅の瞳が、僕をしっかりと見据えた。
瞳を潤ませる理由は判らないけど、沙羅の覚悟の重さだけは理解出来た。


「これから、運命が大きく動くわ。私が、あなたとみちるを更なる闘いに導かなければならない日が、近付いてきたの」
「沙羅?」
「闘いの末に何が起きるか。あなたがどんな運命を歩くのか。私は総てを知っているわ。でもね、覚えておいて。未来は決まっていないのよ」
「決まって、ない?」
「そう。私の掌に在るのは、敵の動向と過去の闘いの記憶。私は太陽女神の化身だけど、預言者ではないから未来なんか見えないわ。出来ることと言えば、過去の記憶を元に綿密なシュミレートを重ねて、未来を推測することだけ。だから、確実性は高くないの」
「もしかして、君はその推測が外れることを願っているのかい?」
「判らない。永く太陽系で起きてきた闘いの総てを見守ってきたわ。でも、この闘いだけは過去に私が見てきた闘いとは、違うものになるような気がしてならないの」
「なにか大きな変革があると思っているのか、沙羅は」
「ええ。変革の時は必ず訪れる。残念ながら、私にもどんな変革なのかは判らないけれど。一つだけ、確かなことがあるわ」
「聞かせてくれ」
「救世主は、メシアは、必ず現れるわ。メシアは白い風を纏って現れる。闘いに終焉が訪れるの。どんな終わり方であっても、絶対に」




沙羅の強い眼に思わず気圧されて、僕は息を飲んだ。
僕の頬を包み込む指先が、微かに震えているのを感じる。
僕では計り知れない重圧を抱え込んでいる沙羅に、上辺だけの軽い言葉はかけられない。
出来るなら、代わってやりたい。
それが無理なら、せめて重荷を半分に減らしてやりたい。
しかし、沙羅が僕とみちるに闘わなくて良い、と言えなかったように。
僕も、沙羅に耐えなくて良い、とは言ってやれない。
太陽女神の役割を放棄して良い、と言えたらどんなに楽だろうか。
太陽系に独りきり、唯一無二の女神の座を退くことは、絶対に赦されない。


そんな沙羅にかける言葉も見つからずに、僕は沙羅の細い体を掻き抱いた。





白い風




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