「はるか、ついに闘いに行くのね」
「ああ、行くよ」

はるかが私を真っ直ぐ見据えるその眼に、迷いは一つもなかった。

「そんな眼をしてるはるかを止めようとしても、無駄でしょうね」
「沙羅らしくないな。判ってるんだろ、本当はさ」
「判っているわ。止める事なんか出来る筈もないってことくらい。本当は、あなたを闘いに向かわせたくはないのよ。でも見届けるのが私の宿命なら、総てが終わるまで見届けるわ」
「沙羅、ごめん。闘いが嫌いな君に、闘いを見届けるなんて辛い役割をさせてしまう」
「はるかが気に病む事じゃないわ。はるかが運命を全うするように、私も最後まで闘いを見守って見届ける。もう、逃げないって決めたのよ」

はるかの指が私の頬を拭う。
知らず知らずに流れ落ちていた冷たい雫を、暖かなはるかの指先が掬い上げた。

「泣かないで、沙羅。笑ってくれよ」
「ごめんなさい、はるか。闘えもしない私が泣くのは、狡いわよね」

それでも涙は静かに、静かに、私の眼のふちから零れて来る。
自分がなんの為に泣いているのかも、もう判らないくらい。
ただひたすらに、流れる涙を止められなくて。
何も言えない代わりに、はるかのパステルカラーのシャツの裾を、しっかりと握り締めた。









はるかの初陣は、予想よりも早かった。
まだ、みちる一人でも闘えると、高をくくっていたのは、私の誤算。
太陽のパレス・ソーレムで情報を統括している前世の母、クイーン・アポロニア・レトから、『お告げ』として敵の動向は逐一、私の脳に映像や言葉で直接送られてくる。

想像していたよりも早い展開で、敵の数が増えていた。
月のプリンセスは、まだ敵の動向に気付いていない。
太陽の眷族が敵の進行を食い止める以外に、私が打てる手は見当たらなかった。

外部太陽系戦士は孤独だ。
太陽の光も及ばない辺境の星で、独りで闘う宿命を背負っている。

クイーン・セレニティの許で月の眷族になるのではなく、太陽の眷族になると望んだのは彼ら自身だった。
月をも照らす光で、自分たちを強く照らして欲しいと。
恋い焦がれた光を護りたいのだと。
その切実な願いを聞き届け、太陽の眷族になることを許したのは、二代前のクイーン・アポロニア。

私がパレス・ソーレムに生まれた時には、既に外部太陽系戦士は身近な存在だった。
パレス・ソーレムで過ごす日々は、四人の孤独な戦士たちにとって、束の間の安らぎだったのかも知れない。

それは私にとっても同じこと。
クイーン・アポロニアとは、太陽女神とは、存在を明らかにする事も赦されず、独りパレス・ソーレムで太陽系全体を見守り続ける宿命を背負う者。
一握りの人間にしかその存在を知られず、ひっそりとパレス・ソーレムで生きて、断罪の矢アガナ・ベレア(優しい矢)の発動まで、ひたすらに太陽系の中で闘いを見届けなければならない。
私と、外部太陽系戦士は、似た者同士だったのかも知れないとさえ、思う。

特に親しく、私に仕えてくれたのがウラヌスとネプチューン。
どこに行くのも一緒で、私に宇宙の広さを教えてくれた。
一人で太陽系をあまねく照らす宿命に押し潰されそうな時は、いつだって二人が支えてくれた。
月の王国が滅んだと知った時は、一緒に泣いてくれた。
独りの辛さ、苦さを知る二人だから、寄り添うように私の傍にいてくれた。



はるかには、前世なんか関係ないと大見得を切ったけれど。
本当は、前世からウラヌスが好きだった。
太陽女神がいち戦士を愛するなんて、そんなこと赦される筈もないことだと知っていて。
それでも私はウラヌスを、愛してしまった。
前世の母、クイーン・アポロニア・レトに命じられ私が地球に転生する時、自らウラヌスが転生した時代を選んだのは、隠し通さなければならない私の罪。

奇跡のようにウラヌスの現世の姿である、はるかと愛し合って。
このまま平穏に、世界の片隅でひっそりと二人で生きていきたいと願った。
けれど願いも虚しく、容赦なく敵は地球に攻め入って来る。
太陽女神の宿命から逃れられない以上、闘いから逃れられる筈がなかった。
束の間の、あたたかな夢だった。

はるかがウラヌスとして覚醒しなければ、はるかは闘いに赴く覚悟をせずに済んだだろう。
夢を無理に諦めることなく、命の危機を感じることもなく、生きられただろう。
今、ウラヌスを敵の前に送り出さなければいけないのは。
闘いに一切関わることの出来ない私への、最大の罰なのだろうかとすら思う。
愛するひとを闘いの中で助ける権利さえ、私には与えられていないのだから。


私のこんなに業の深い愛情に、はるかは気付いているだろうか。
私は私の都合で、はるかの平穏な生活を奪った。
もしも私と出逢わなければ、戦士として覚醒することもなかったかも知れない。
あまりに身勝手なエゴで、私は愛するはるかを危険に晒す。




「はるか。いいえ…。太陽神殿パレス・ソーレムで、太陽の眷族として我が一族に仕えて来た、セーラーウラヌス」
「はい」
「あなたの主君、クイーン・アポロニア・ムネメとして命じます。必ず、生きて帰ると誓いなさい。何万の民が息絶えようとも、あなただけは必ず…」
「沙羅。いや、我が主君クイーン・アポロニア・ムネメ。あなたをこの腕で抱きしめる為に、無事で戻ることを御前で誓います」
「私はこれから太陽神殿パレス・ソーレムへ飛び、神殿内の祈りの間であなたとネプチューンの無事を祈り、闘いを見届けます」


敵は、まだ雑魚しか放出していない。
パワーでウラヌスとネプチューンが、劣るなんてことは有り得ない。
それほどの戦力差があるにも関わらず、不安ばかりが脳裏をよぎっている。


「クイーン・アポロニア・ムネメ。僕の初陣にご加護を…」


ブラッディー・ローズを使い、クイーンの姿になった私のドレスの裾に、ウラヌスに変身したはるかが跪いて唇を寄せる。



立ち上がったウラヌスの唇に、私の唇を強く押し当てた。




「太陽女神の加護です。行きなさい。雑魚共を蹴散らすのです」
「はい。必ず」







私に背を向けて歩き出すウラヌスを、私は立ち尽くしたまま見つめていた。









Z女戦争




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -