じゃあ奪ってあげる






「女を口説くならもっと根気強くしなくちゃ」



笑って煙に撒こうとした。
燃え尽きかけた煙草が熱い。





「時間なんて要らない」
「短慮は嫌われるわよ」
「それでも良い、遥香が欲しい」
「わたしは品物じゃあないわ」
「俺は遥香の心に触れたい」




わたしの指に挟まれていた短い煙草は、翼の指に取り上げられて硝子の灰皿で揉み消された。






「買い被り過ぎよ、心なんて空っぽで何もないわ」
「それでも良いよ、それが遥香なら」
「もう、飲み比べさえ出来ないところまで来てしまったのね」
「ほら、時間なんて関係なかっただろ」
「そうね、そうかも知れない」




煙草を奪われた指先に、翼が触れる。
翼の指が細くて骨張っているのだと気付いたのは、指を翼に搦め捕られた時だった。








「柾輝の事?」
「え」
「今、考えてる事」
「まさか」
「嘘が下手だな、指先が冷たいよ」





もう逃げられないと、悟った。





「柾輝の気持ちを、なかった事には出来ないの」
「見て見ぬふりしてきたくせに?」
「そうね、だから今苦しんでる」



報いだなんて、自分を哀れむのはムシが良すぎる。






「その遥香の苦しみ、俺が貰うから」
「あなた狡いわ」
「苦しみも含めてなら、遥香をくれるか?」
「本当にあなたって」







もう笑いを噛み殺す事しか、出来なかった。







「柾輝に殴られるのは俺の役目だ」
「あなたって、マゾ?」
「違うけど。女を奪うんだから、そのくらいの覚悟はしなきゃな」
「奪うって言っても、付き合ってたわけじゃないわ。
「それでも奪う事に代わりはないだろ」
「わたしの意志は無視してまで?」
「俺を好きだって自覚してるのを無視する方が、ずっと残酷だ」
「あなたって本当に」
嫌なひと。






呟きは翼に届いただろうか。








握られた掌を握り返せば、満足げに翼が微笑んだ。








「これを」
「ホテルのキィ?」
「今日誘った時から決めてた」
「何を?」
「遥香を抱くってさ」






二ツ星ホテルのカードキィが、重い。









「わたしも肚を括らなきゃいけないわね」




差し出されたカードキィを受け取り、ソルティードックを一気に煽って、その勢いのままバーを出た。















「エグゼクティブスイート…」


フロントも通さずに直通のエレベーターで辿り着いたのは、ワンフロア一部屋の豪華仕様。




「張り込んだわね」
「断られたら格好つかなかったけどな」
「それは滑稽だわ。せめてこの部屋に見合う夜にしましょう」





ベッドルームが三つ。
それからミニキッチンに、ダイニングとリビング。
大理石のバスタブと、高級品のアメニティーグッズ。







「先にシャワーしろよ」
「それじゃあスリップ一枚で出て来てあげるわ」




もう、軽口を叩くしかない。






大理石のバスタブに、広いバスルーム。
アロマキャンドルの香りに包まれて、仕事でガチガチになった体と心が解れていく気がした。





ドライヤーで髪を暖めて、下着は穿かずにスリップ一枚だけを身に着ける。
渇いた髪はそのままに、翼が待つリビングへ向かった。







「翼、」
「モスピンクのスリップ、似合うな。ありがとう」
「翼の為じゃないわよ」
「それでもさ」






バスローブ片手に翼がバスルームへ消えたリビングで、ほっと溜め息が漏れた。



怖いのかも知れない。
おぼこい娘でもあるまいし、怖いなんて口が裂けても言えない。
でも、今日を境に何かが変わってしまう。
それだけが怖かった。





醒めかけた酔いを取り戻そうと、ミニバーのウィスキーをグラスに注いで、一気に呑み干した。


この先は、もう、正気じゃもちそうもない。








二杯目のウィスキーを片手に、メインベッドルームに向かう。
ベッドサイドにグラスを置いて、クッションに身を任せながら、ちびりと舐めた。
キングサイズのベッドは、身の置き場がなくて落ち着かない。






「寝酒には早くない?」




バスローブに洗い髪をそのままにした翼が、くすりと唇の端で笑いながらわたしを見ている。




「単なる景気付けよ」
「明日になったら記憶がないとか、野暮な事言うなよ」
「そんなに弱くないわ」






もう軽口も限界。
近付いて来る翼に、グラスを奪われて。



二人でベッドに倒れ込んだ。




(奪われたのはきっとわたしの心)






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