僕だって恋くらいする





酔い潰れた挙げ句、柾輝の部屋に担ぎ込まれた朝方。



俺は時差ぼけもあって、柾輝のベッドを占領したが。
柾輝はろくに睡眠もとらずに、ウコンとカフェインをがぶ飲みして、仕事に出掛けたのを朧げに覚えている。









すっきりと目が覚めたのは正午から大分時間が過ぎた頃。
テーブルの上にはサッカーボールのキーホルダーが付いた鍵に、『鍵をポストに入れておいてくれ』とだけ書かれたメモが置いてあった。



冷蔵庫から勝手に拝借した水を飲み干して、身支度を軽く整えてから柾輝の部屋を出た。






行く宛ても目的も特にはないし、実家に戻って母親の相手をするのも面倒に感じて。

ただフラフラと都心へ向かう電車に乗った。









「ねぇ、もしかして翼?」


たまたま同じ車輌に、つい最近知り合った顔がいた。
奇跡的な偶然。


「遥香…」


朝方まで呑んでいたとはとても思えないくらい、眠気の欠片も見えない。
きつい眉が印象的なメイク。
仕事の途中なのだろう。かっちり着込まれたグレーのジャケットに、タイトなスカート。
肩に提げた黒いレザーのバッグは、丁寧に磨かれて光っていた。


「あら、モロ二日酔いって顔」


くすくす笑う口元は昨日の夜とは違って、どこか控え目で他人行儀に見えた。


「よく平気だな」


ガンガン痛む頭を両手で抱え込めば、額に冷たい指先が触れる。


「徹夜明けの仕事は商売柄慣れてるのよ、打ち上げやら歓送迎会やら、会社勤めしてれば断れない酒席はいっぱいあるから」


冷たい指先が痛む頭に心地好い。


「ねぇ、翼」
「ん?」
「今日の夜、空いてる?」
「また呑ませるのか?」
「違うわよ」


額に触れていた指が俺から離れ、バッグの中をそっと探る。


「ほら、これ」
「野球のチケット?」
「本当は後輩と行く筈だったんだけど、その子残業入っちゃってね。空席作りたくないのよ、一緒に行ってくれない?」


チケットを差し出す指先に施されたベージュのマニキュアに、今更気付いた。


「別に、予定もないし良いけど」
「そう?ありがとう。じゃあ6時に神宮球場のゲート前で」



チケットを受け取れば満足げに微笑み、丁度停まった駅で降りて行った。
黒いパンプスから伸びた白い足首が綺麗に映えて見えた。











「ごめんなさい、少し遅れた?」

昼間とは違い、軽く着崩したジャケット。
昼間会った時にはきつく結われていた纏め髪も、解かれるに任せて風になびいている。


「いや、そんなに待ってないよ」


それに安心したように、笑った。




連れられるままに向かった一塁側外野席。

垂れ幕や応援ボードで飾られたその集団の中に、遥香はごく自然に溶け込んでいた。
違和感がない事が違和感のような、そんな奇妙な感覚。



「野球は初めて?」


キョロキョロと周りを見渡す俺を、面白そうに細めた目が見ている。


「スポーツ観戦が初めてかな」
「きっと観られる方が性に合うのね」


あなたは大衆に埋没出来ないひとだから。と、呟いた。
意味深だけど、追及するのはやめた。


「頑張っているひとを観てるだけっていうのも、時々は良いものよ?」


慣れた様子で手を挙げて、ビアガールを呼び止める。
昨日は呑まなかった生ビールを2つ、小銭で払った。


「昨日のオゴリのお礼ね」


プラスチックに入ったビールが、夕日を浴びて黄金色に光った。


「結局呑むんじゃねぇか」
「ナイターの醍醐味よ、安っぽい生ビールと可愛いビアガールは」


親父みたいな事を言うくせに。
どこまでもしっかり女で。
口紅を指先で拭ってから、プラスチックの端に唇をつけた。


「なんで俺を誘ったんだ?」
「面白そうじゃない」
「面白い?」
「ええ、スペインの広いフィールドでひたすらサッカーをしているあなたが、日本でナイターのプロ野球を外野席で観てるなんて。なかなか見られる光景じゃないでしょう」
「それって厭味?」
「違うわよ、サッカーだけじゃないって事。ひとを熱狂させるのはね」


地を這うように鳴り響いた試合開始のサイレンと同時に、遥香の目は俺の存在を忘れた。

遠くに見えるマウンドを真剣に見つめる横顔が、何故だろう。
神聖で美しいものに見えた。





(くそ、こんな筈じゃあなかったのに。その横顔に惹かれてしまった)





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