こんなの不条理だ





あいつは俺達の誇りだ、と口々に言わせるだけの存在が気になった。
最初はただそれだけの事。





取引先の営業で呑み友達として仲良くなった黒川に、引き合わされた悪友だという友人達。

口が悪くて、悪ふざけが好きで、楽しくお酒を呑めるのが好ましくて何度も馴染みの店に通った。


呑めば呑む程陽気になる彼らの自慢は決まって、海の遥か向こうで活躍する『椎名翼』の事。
スポーツ新聞の切り抜きを高々と掲げて、何度も乾杯をする。

共にボールを蹴っていた頃の思い出話は、幾夜重ねても尽きる事はなかった。


末には全く別の生き方をしてきたわたしにまで、『椎名翼』という存在が誇らしく思えてしまって、なんだかくすぐったくも感じてくるから不思議だ。





黒川がサッカー専門誌を広げて、ボールを蹴り上げている『椎名翼』を見せてくれた。
心底楽しそうにボールを蹴っている、勝ち気な眼をしたひと。
きっと少年のまま、サッカーを出来る事が楽しくて仕方がなくて、スペインまで行ってしまったのだろう。









ある日、黒川から仕事中にメールが届いた。
わざわざ社用のメールアドレスに送って来た事を訝しんでメールを開けば。


『取り急ぎ。翼が明日帰国するから夜宴会やるけど来ないか?』


畑兄弟や井上ともしばらく会っていないし、彼らが誇る『椎名翼』に会ってみたい興味もある。

二つ返事でメールを返せば、明日の退社後黒川と最寄りの駅で待ち合わせと決まった。










「ねぇ、黒川」
「ん?」
「野球で言ったらさ、『椎名翼』ってどのくらい凄いの?」
「野球?」


唖然とした顔で黒川がわたしを見ている。
インドア派でスポーツには無頓着のわたしが、唯一好んで出掛けるのが、ヤクルトスワローズの本拠地神宮球場なのだ。
彼の位置付けを野球で例えて貰った方が、ずっと判りやすいと思った。

野球と一口に言っても、わたしの知識はスワローズを中心に偏っているから、他球団の選手に例えられてもピンとは来ないかも知れないけれど。




「野球は詳しくないぞ」


黒川は渋い顔をして黙った。


「じゃあさ、宮本慎也とどっちがカッコイイ?」


クレバーなショート、宮本。
わたしにとってのヒーローだ。


「宮本ってショートだっけ」
「そうだよ」
「クレバーってとこは似てるかもな」
「底意地の悪いタイプって事?」
「まぁ、頭が良い分、な」






また少し会うのが楽しみになって、居酒屋へ向かう歩みが弾んだのに。






(会ってみたらただの世間知らず、自分の妄想があまりに不条理でとことん弄り尽くしてやろうと心に決めた)






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