余裕なんてないくせに





俺が口で言い負かされたのは、いつ以来だろう。
もしかしたら初めてかも知れない。
ひたすらウィスキーを舐めながら、遥香を観察する。



遅れてやってきた、五助や六助とも楽しげに酒を酌み交わす女。
フランクな言葉遣いと、手元のジンライム。それに襟を緩めた白いブラウス。



「折角のお祝いに生ビールなんて味気無いじゃない」



そう言い放って注文したロンググラスは、遥香の掌に馴染んでいた。





「俺らな、飲み比べで塚元に勝てた事ないねんで」



遥香を観察しているのだと気付いたらしい直樹が、にやけた顔で寄ってきた。



「よく言うザルってやつ?」
「ていうか、あいつの場合は自制心の賜物やろな。潰れたとこなんか見た事ないなぁ」


その代わり、ハッピーで豪快になるけどな。
直樹の言葉の意味は直ぐに判った。




「黒川ァ!飲み比べしよ、わたしが勝ったら今月のわたしの呑み代、黒川持ちね」
「それはキツいって」
「わたしに勝てば良いだけでしょう」
「そこまで言うんなら、俺が勝ったらどうする?」


遥香は勿体振るように、細い指で唇をなぞった。



「黒川が今、望むものをあげても良いよ」



酔っ払いの戯言だと思っていたけど、遥香の目は本気だ。
柾輝の目の色も変わった。
遥香はきっと総て判った上で、この対決を受けたのだろう。
柾輝の気持ちを知っていて、尚も試そうとしている。




黙っていられなくなって、二人の間に割って入った。





「柾輝、悪い」
「なんだよ、急に」
「遥香の相手、俺がしても良いか?」




少し挑発してやろう、くらいのつもりだった。
けれど柾輝にとっては充分過ぎたようで、真顔でジンの瓶を差し出された。




「本気なんだな、翼」
「ああ」


それ以上は何も言わなかったし、言われなかった。





それから遥香のペースに呑まれて、ハイピッチで俺のグラスが空いていく。


遥香は俺より2杯は多く呑んでいる筈なのに、顔色一つ変えず自分のペースで塩をツマミにジンを呑み続けている。



「そろそろギブアップしたら?」



グラスの縁が霞んで見えた。
遥香の声が遠くに聴こえる。




負けても良かった。
遥香が柾輝のものにならないなら、呑み代くらいいくらでも出してやる。



「大丈夫?」


遥香の冷たい掌が額を包み込んだ。



「無理はしないで頂戴、楽しくないお酒なら呑まない方がずっとマシよ」



咄嗟に額に触れた遥香の指先を、握り締めた。





「また、勝負してくれるか?」
「何を賭ける?」
「柾輝と同じものを」




息を呑んだのが判った。
それでも婉然と微笑んで、頷いた。





(譲れないと思った。酔い潰れるなんて。それ程、余裕のない自分に今更驚きを隠せない)






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