不覚にもときめいた




折角のシーズンオフ。
帰国したは良いけど、ただ実家にいるのも能がない。
だからと言って昔の女にわざわざ会うのも、色々と面倒だしそこまで浅ましくもなれない。
となれば、いつの間にか集まる面子は自然と中学時代のそれ。

今回も、帰国当日を指定した召集メールが柾輝から届いた。




「色気ねぇよな、実際。ヤローばっかでさ」




開いたメールは絵文字の一つもない。愛想もない。
独り言ちて液晶画面を指で弾いた。









「お、翼!」

わざわざ個室風の居酒屋を指定したのが、直樹の思いやりだと言う事は知っている。
ただ、今更そんな事を恩に着たりも着せたりもしない、そんな関係でいられる事を嬉しいと思う。



「相変わらずネクタイ似合わねぇな」
「気にしてんねん、うるさいわ」

ネクタイを緩める仕草も手慣れたものだ。
俺にはこんな習慣は、ない。
飽きずにガキの頃から成長もないまま、ボールを蹴り続けている。



「その内、柾輝達も来るやろ。先に呑もうや」

あらかじめオーダーされていたらしい生ビールが、直樹の合図で運ばれて来た。


「なんか手慣れてんな、サルのくせに」
「じゃあかし。何年も営業やっとったら接待なんかお手の物や」
「ふうん、そんなもんか」
「そないな事はええから、再会の乾杯しよ」

カツンと鳴ったビールグラスの向こうの直樹が、自分よりも少し大人びて見えた。







「よ、遅くなってわり」

暖簾の向こうから低めの声。

「遅ぇよ、柾輝…」

悪態吐いてやろうと振り向けば、控え目に微笑む見知らぬ女が頭を下げた。

「こんばんは、お邪魔してすみません」


柾輝に促されて俺の前に座った。


顔にかかる髪を指で掬うゆったりとした仕草が蠱惑的で艶かしい。

でもごく当然のように俺の前に座った事が気に食わなくて、冷めた視線でそいつを見据えた。
「あんた、柾輝のカノジョ?」


不躾だと思いつつも訊けば、ルージュを引いた唇の端がいとも楽しげに笑った。



「黒川、1万ね」
「まじかよ、また負けた」
「わたしに賭けで勝とうとするのが間違いなのよ」


控え目な印象はどこへやら。
その女は、豪快な笑みを浮かべていた。


「唐突にごめんなさい。椎名さん」


涼しげな目元に未だ笑いを含んだままの視線で、俺に向き直った。


「もしわたしが黒川のカノジョに見えたら、って賭けをしたんです。わたし勝っちゃったみたいね」



柾輝が俺を恨めしげに見ているのは、この際無視して。



「この俺にたった1万の賭け?ちょっとふざけすぎじゃない?」
「このくらいの悪戯でいちいち気を悪くしてちゃ、世の中渡っていけませんよ?」



楽しげに見えた目は、俺を挑発する威圧的な視線に変わっていた。




「あんま遊んでやるなよ、塚元は人が悪い」
「あら、乗った黒川だって充分人が悪いわよ」
「この前うちの部長をからかったのは誰だよ」
「だってあのカツラとセクハラは反則よ?」
「だからってわざわざ窓開けてカツラ飛ばすか?」
「ふふ、ちょっとしたお仕置きのつもりだったんだけど。傑作だったでしょ」
「確かにあの部長の顔はヤカンみたいで面白かったけどな」


くつくつ笑う柾輝とは対照的に平然とした表情。


「なぁ、コイツ昔の翼みたいやろ?」

直樹がその女を顎でしゃくる。

「俺はこんなに根性悪くねぇよ」

チロリと女を睨みつければ、さも楽しげに笑って名刺を差し出した。

「申し遅れました。遠野商事の塚元遥香と申します。黒川さんとご一緒にお仕事をさせて頂いたご縁で、皆様ともお付き合いさせて頂いております」

中堅企業勤務で、肩書きは総合職。
よく見てみれば、歳の割に仕立ての良いスーツにさりげないセンスのアクセサリー。

女だてらに、なんて言えば怒るだろうか。気を悪くするだろうか、なんて意地の悪い事を考えながらポケットに名刺を仕舞った。

「椎名さん、よろしくお願いします」

「翼で良いよ、遥香」


なんでそんな事を言ってしまったのか、自分でも判らなくて。

屈託なく笑う遥香を横目に、生温くなったビールを一気に煽った。



(最初に気になった方が負け。俺を言い負かす女なんて可愛くもないと思っていたのに)






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