ある日常のヒトコマ




「遥香」
「あ、つばさ…」
学校帰り、鉢合う事の無い筈なのに。通学路に翼がいる。
生まれた時からずっと一緒だった。翼と同じ中学校に入りたくて猛勉強もした。同じ学校に入れたのに、翼はサッカーをしたい。なんて、いきなり転校してしまった。
わたしは後を追えず、翼のいない学校に今も通い続けている。
「何道端でマヌケ面して固まってんの」
他の追随を許さないキツい物言い。間違いなく、翼だ。
久しぶりに会ったからだろうか。それとも、惚れた弱みだろうか。少し日焼けして、逞しく見える。
「つばさ、だよね」
「莫迦だとは思ってたけど、遥香はとうとう視神経までやられた?」
「や、違くて。なんでいるの?」
「会いたかったから来ただけだけど」
ぎゃふん。そんな事サラっと言ってしまう翼には、やっぱり勝てそうにはない。内容の割に甘さが感じられないのも、翼ならではの魅力かも知れない。
「どっち行く?」
「なにが?」
「俺の家と遥香の家」
「ウチのが近いよね。翼んちまで行くの面倒臭い」
「じゃあ遥香の家に泊まるから」
「は?」
「選抜一緒に行こう」
「わたし、選抜に用事ありませんけど」
「玲が遥香に会いたいんだって」
「そう、ですか」
極めて上機嫌な顔で歩き出した翼を、無視出来ずに追い掛けてしまうわたしはヘタレなんだろう。
もう良い。ヘタレで良い。長年の経験から判る、翼には勝てないって事。





「お母さん、つばさ泊まるから」
「あら久しぶりね、翼くん」
お母さんは翼がお気に入りで、化け猫被りにすっかり騙されてる。なんたって翼は猫被り歴15年の猛者だ。
普通、娘の部屋に男の子が泊まる時って、怒ると思う。
お母さんは寧ろ歓迎する。どんだけ信頼されてるんだろう。
『遥香は翼くんと結婚しちゃいなさい』
なんて真顔で言われた日には、流石にビックリした。どこまで本気なんだか判らないし、あまりに家族公認過ぎて、困る。




「つばさ、何見てるの?」
「アルバム」
「面白い?」
「うん、なかなか。このころの遥香、可愛かったよな」
嬉しそうにアルバムを繰る手付きが微妙にヤラシイ。
「悪かったわね、今は可愛くなくて」
可愛いと言われたって嬉しくはないけど、翼だけは違うから。
昔のわたしが良かったとか言われたら、今のわたしの立場がない。
気付いたら身長だって翼を追い抜かしてしまって、今では隣に並ぶのも嫌になる。
「今が可愛くないなんて言ってないだろ」
ポカっと軽く叩かれて、見上げたら不機嫌そうに切れ長の目をつり上げてた。
「遥香のヘタレっぷりは可愛いよ」
またもぎゃふん。さっきとは打って代わって気持ち悪い程の笑顔。
「俺は今の遥香も好きで付き合ってんの。数いる中から俺が選んだんだから、それだけでも誇りに思えば?」
俺様で強引で化け猫被りで、でもやっぱり好きなんだと自覚する。
つばさの裏がない笑顔は滅多に見られないけど、だから好きなのかもしれない。
裏のない言葉だって物凄く稀少価値。
「自信持てば?」
クスっと笑いながら唇を首筋に押し付けてくる。
それが押し倒される前兆だと気付いたけど、今日くらいは逃げないでやろうと思う。
「お、お手柔らかに」
「それは遥香次第だな」
この世のものとは思えないくらい綺麗な笑顔に、邪気を感じて背中が震えた。









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