涙の恋ごころ
遥香が柾輝に会いに出掛けてから2時間が過ぎた。
ただ待っているのはもどかしい。
リビングとキッチンを何度も往復するけど時間が経つのは遅くて。気休めにつけたテレビの音すら、耳に入らない。
遥香からメールが来たのは、11時を過ぎた頃。
『迎えに来て』って、それだけ。
メールを開くのと同時に家を飛び出した。こんな自分がいるなんて、思わなかった。
情けないくらい、一人の女に振り回されて。
それでも、遥香なら仕方ないかと笑える。
案外そんな自分も嫌いじゃない。
指定されたのは小さな公園だった。
ベンチで一人、タバコを吹かす遥香の小さな背中が消えそうに儚くて、泣きそうになる。
「遥香」
「つばさ」
「こんなとこに一人じゃ物騒だろ」
「うん、ごめん」
素直な遥香は気味が悪い。
そうも言えずに隣に腰を降ろした。
夜露に濡れたベンチは冷たかった。
「どうして良い男ってさ、」
「うん」
「惜しいとも思わせてくれないんだろう」
「良い男だからだろ」
「幸せにしてやれって、さ」
「逆だろ」
「翼は強いけど脆いって」
「そんな事ねえよ」
「柾輝はね、俺の相手はお前じゃなくても務まるけど。翼の相手はお前しか務まらないから、傍を離れてやるなって」
「余計なお世話だ」
「翼がサッカーより大切にしてるものは奪えないって、笑ってた」
移籍した時点で、柾輝には判っていたのだろう。
本場のサッカーより、ガキの頃の夢より、遥香が大切で。
日本に帰って来る事を決めたのだと。
「敵わないな」
遥香がくすっと笑った。
「そうだね、敵わないよ」
俺なんかより、ずっと遥香を想って来た柾輝だから。
ずっと遥香の幸せしか考えて来なかった柾輝だから。
「一生勝てる気がしねえ」
「珍しいわね、翼でも勝てないの?」
減らず口を叩く遥香もどこかさみしげで、勢いがない。
「無理だよ」
「うん」
「だって、あいつは遥香の事しか大切じゃない」
サッカーも、遥香も欲しい、なんて。
柾輝に笑われてしまうかも知れないけど、両天秤にかける事なんか俺には出来そうもない。
ふと見上げた空に、まんまるい月が夜空に浮かんでいた。
暗闇の中にぽつりと浮かぶ月を、柾輝も見ている気がして。
(きっとどこかで泣いてる気がしたんだ)