不機嫌な日曜日




起きぬけから、遥香の様子が明らかに変な朝。


おはようも言わなければ、笑いもしない。



憮然としたまま、ブラックコーヒーを立て続けに3杯。
それが不機嫌だっていうサイン。




折角の練習も何もないオフ。
遥香も休日の日曜日。




なのに。
どこへいく?と聞いても。
どこにも行きたくない、の一点張りで取り付く島もない。








「なぁ、ほんとにどこにも行かないつもり?」

「うちにいるもん」

「あっそ」





一緒に住むようになって、一年。
すっぴんに部屋着。

そんな姿を愛しいと思えるようになった。






「じゃあ、俺買い物行って来るけど」






素肌にシャツ1枚引っ掛けて、出掛ける支度を始めれば。







「やだ」






シャツの裾を掴んで引き止める、遥香。






不満げに薄い眉をしかめて、俺をじっと見つめる。







「ん、どした?」







買い物に出掛けるのは諦めた。





遥香に向き直って、顔を覗き込めば。
尚も不満げに俺を睨みつける。







「やだ、ここにいて」






呟いて俺にしっかりしがみつく。
背中に回った腕が体に食い込んで痛いけど、今この腕を解けば遥香はきっと泣いてしまうから。




痛みを隠して抱きしめ返した。







「つばさ」

「ん?」

「いなくなんないよね?」

「うん?」

「今日はどこにも行かないよね?」

「遥香がそう言うならどこにも行かない」

「ほんとに?」

「ん、ほんと」





猫みたいに体を擦り付ける。

さみしい時の遥香のくせ。








「会社でなんかあった?」

「ん、ちょっと」

「そっか」





言いたがらない事は、無理に聞き出さないのが俺達のスタンス。





なにがあっても、結局は遥香の問題で。
俺に助けを求めて来ない以上は、抱きしめてやるしか出来る事がないから。




今は全力で抱きしめるだけ。








「落ち着く、つばさのにおい」

「におい?」

「うん。やっぱりほんものの方が良いな」

「ほんもの?」

「シャツだとさ、段々におい、薄くなっちゃうから」

「もしかして俺の身代わりだったりする?」

「それ聞かないで欲しかったな」

「じゃあほんとなんだな?」

「眠る時だけだよ。いつもつばさのシャツを抱きしめて眠るの」

「それって効果あるわけ?」

「気休めだけど、ないよりまし。でもやっぱり本人には敵わないや」




シャツは抱きしめ返してくれないもんね。





哀しそうに自嘲う遥香に、どうしてやる事も出来なくて。

でも何かしてやりたくて。






剥き出しの無防備な鎖骨に、強く吸い付いた。






「ちょ、つばさ!?」





困惑した遥香の声は無視して。
白い鎖骨に浮かび上がる、紅い痕。



俺のしるし。





「それこそ、気休めだけどさ」

「うん」

「ないよりましだろ?」

「、ん」





同棲といっても、シーズンの半分は遠征で留守にする。



仕事で疲れて帰って来た遥香の、愚痴ひとつ聞いてやれないのが現実だ。


さみしくないわけがない。





「ごめんな」

「なんで?」

「さみしい思いさせてる」

「確かにさみしいけど」

「うん」

「さみしくてもつばさが良いから、わたしはここにいるんだよ」



笑う遥香の眼には、揺るがない強さがあった。





バスルームで隠れて泣く事もあるし、仕事に行きたくない朝もある。
そんなに強くはない、普通の女だった筈。




なのに、その遥香が歯を食いしばって必死に毎日、俺を甘やかしている。






一人で過ごす夜の怖さも。
一人で眠るベッドの広さも。
一人で食べる食事の不味さも。


総て飲み込んで、遥香は俺を甘やかしていた。







「ごめん。でも、ありがとう」

「うん」

「今日はいっぱい甘やかすから」

「いらない。つばさがいてくれたらそれだけで良いの」

「そか」

「だからね、わたしの見えないところに行かないで」


今日だけは…




遥香が搾り出すように呟いた一言が、健気で愛しくて。






「じゃあ、ベッドでごろごろしてすごすか?」

「それもいいなぁ」

「他にご所望は?」

「飽きるまで抱きしめて」

「お安いご用」




横抱きにして持ち上げた遥香のからだは、軽い。





「メシ、ちゃんと食え」

「食欲ないもん」

「それでも食え」

「つばさがいたら食べるよ」

「帰って来て鳥ガラみたいな、からだだったら。抱いてやんないよ」

「つばさ、いじわるだ」





首に巻き付く腕。


俺に預けられた、からだ。





「俺はお前がいなくてもメシ食ってるぞ」

「うん」

「遥香をオカズに、さ」



ベッドに降ろした遥香が、手放しの笑顔を浮かべて。




「つばさ、セクハラ」




毛布に二人包まって、隙間が出来ないくらい抱き合って。

そんな瞬間が、大切に思える。




「てか、遥香だって俺と同じにおいするぞ」

「え?」

「シャンプーとかさ、おんなじの使ってるし」

「でも、つばさが良いの」




頬を朱く染めて、上目遣いで俺を見つめる遥香を強く抱きしめた。





(俺こそお前の甘いにおいにやられてる、なんて言ってやらない)





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