夏休みが終わり2学期が始まった。
結局凛は夏休みの間一度も休まずバイトをしていたので、一緒に過ごせたのはお盆に爺ちゃんと墓参りに行った時くらいだ。
その時は凛は全然いつも通りで、だけどあまり顔を合わせてないせいか少しだけ凛が大人びて見えた。
そして2学期が始まると同時に次は新聞配達のバイトを始めてしまったため一緒に学校へ行くことも出来なくなり、俺は小学校の頃からずっと一緒だった凛と初めて別々で学校へ向かうことになり一人の登校道はいつもよりも長く、遠く感じた。

久々に彼女とも会えて、彼女は俺のことを本当に好きでいてくれたらしく、久々に会えて嬉しいと喜んでくれて俺も嬉しくなる。
そして彼女はこんな提案をしてきた。

「今日からお昼ご飯は一緒に食べない?」

一瞬だけ言葉に詰まる。
それはつまり、これからは炭治郎とも伊之助とも……もちろん凛とも一緒にお昼ご飯を食べれないということだから。
だけど、この子は俺の彼女で、彼女がそう望むのなら断る理由は見つからない。
俺がうん!いいよ、と言うと彼女は満面の笑みを浮かべてくれた。


その日から俺は昼食を彼女と食べるようになった。凛に彼女とお昼を食べるからこれからはお昼ご飯を一緒に食べれないと伝えると「分かった」と凛は笑っていた、と思う。どうしてか凛の顔が直視出来なかったからあまり覚えていないんだ。俺はお弁当箱を持って逃げるようにクラスを飛び出した。

いつもは炭治郎と伊之助と凛と馬鹿みたいな話をして笑いながら、凛が作ってくれた俺好みのお弁当を食べて。そんな当たり前の毎日ががらりと変わってしまう。彼女が出来るってこういうことなんだ。
ふと、自分達が毎日通ってた屋上を見て寂しいなんて。そんなことを思ってしまったら彼女に失礼だ。と俺はわざと屋上から意識を逸らす。

「善逸君、お弁当手作りなの?」
「え?あ、これは凛が…」

言いかけて俺は言葉を止める。
凛が作っているんだと彼女に伝えてもいいのだろうか?凛は俺の家族で、兄妹みたいなものだから問題はないと思うんだけど、でも他の女の子に作ってもらってるって言ったらやっぱり嫌な気持ちになるかもしれないよな…

「……桑島さんの手作り?」
「あ、うん、まあ…」

彼女のほうから指摘をされてしまい俺は気まずさを覚えて目を逸らしてしまう。
そんな俺に彼女はふふ、と優しく笑いかけてくれる。

「善逸君と桑島さん、仲良いんだね。本当の兄妹みたい」
「…うん。凛とは本当の兄妹みたいに仲良しなんだ。ごめんね、嫌だった…?」
「ううん。そんなことないよ。…あ、でも善逸君!」
「なに?」
「明日からは、私がお弁当を作ってきたいって言ったら……嫌?」

頬を染めて彼女が言う。
彼女の手作り弁当だぞ?断る理由なんてどこにもないだろ!まさか高校最後の2学期にこんな甘い青春を送れるなんて思ってもいなかった!

「え!いいの?」
「うん!美味しいの作るからね!」
「やったー!楽しみだなぁー!」

俺がそう言うと彼女はとても綺麗な笑顔で微笑んでくれた。
そんな幸せそうな顔を向けてもらっているのに、明日からは凛のお弁当が食べれなくなるんだな、なんて。残念に思っている俺を誰か殴ってくれ。


***


「凛、目の下の隈が濃くなってるぞ」

炭治郎が私を心配して声をかけてくる。隈が酷い、痩せた、ぼーっとしてる。最近よく聞く言葉だ。
私は夏休みが終わる少し前から新聞配達のバイトを始め、放課後は違うバイトに明け暮れほとんど午前様の生活を送っている。それでもお爺ちゃんと善逸のご飯も作りたいしお弁当も作りたい。洗濯も出来る限り夜中に洗えるものは洗ってしまおうと。そんな生活をしていれば睡眠時間なんてものはほとんどないに等しかった。

「なんでそんなバイト増やしてんだよ」

伊之助が不満そうに声を上げる。相変わらず2人とも優しいな、と頬が緩む。言い方は違っても2人が私のことを心配してくれるのは痛いほど伝わってきた。分かるよ、幼馴染みだもん。
私がバイトに明け暮れる理由は2つ。1つはお金を貯めなければならなかったから。もう1つは善逸と出来る限り顔を合わせたくないから。
そんな自分の都合でお爺ちゃんに迷惑も出来る限りかけたくなかったから家事もこなして。きっと人生で一番忙しく過ごしている自覚がある。

「…凛、いいのか?凛は善逸のことが好きだったんじゃないのか?」

炭治郎の言葉にあまり驚きはしなかった。
多分、炭治郎も伊之助も私が善逸を好きだということは気付いていたと思っていたから。
優しくて、暖かい幼馴染みの2人。彼らも私にとっては大切でかけがえのない存在だった。

「善逸は、家族を求めてる。私とお爺ちゃんは善逸の家族だから。だから、いいの」

私の勝手な感情で全てが壊れてしまうかもしれないのなら、この感情は私の中で終わらせればいい。もう腹は括った。後戻りをするつもりはない。
だというのに伊之助は心底気に入らない、といったふうに声を上げる。

「そんな顔するくらいなら、言っちまえばいいじゃねえか!俺は!子分のそんな顔見たくねぇ…」

伊之助はいつも、正しい。
私達が言い淀んでしまうことや、飲み込もうとしたことを声に出してくれるのはいつも伊之助だった。

「……うん。ごめんね、ありがとう。あのね、私もお昼ここで食べるのやめるね」
「え、凛…?」
「先に戻るね」
「おい!凛…なんでだよ!」

少しでも迷惑をかける人を減らしたかった。
私のやろうとしていることはきっと自己満足で逃避でしかないから。
それに大切な友人を巻き込むつもりは毛頭もなかった。


***


凛は今日も午前様で。疲れたように帰ってきた凛に俺は「明日から、お弁当はいらないよ」と言った。色々と言い回しを考えていたけど、何を言っても結論はこれなのだから遠回しに言うのはやめようと思ったのだ。凛はちょっとだけ動きを止めた後「分かった」と俺に笑顔を向けてくれた。

凛はいつから、あんな風に笑うようになったのだろうか。

翌日から机に俺のお弁当箱はなくて、朝食と夜のおかずだけが並んでいる。また一つ、俺の日常が欠けた気がしたけど朝食のおかずを口に含むといつも通りの凛の作ったおかずの味で、それが嬉しくて、だけどなんだか寂しい。
俺は最近どうしてしまったのだろう。彼女が出来て嬉しいはずなのに、彼女が出来る前よりも寂しさを感じている。
それは今まで一緒に過ごしていた炭治郎や伊之助や……凛との時間が著しく減ってしまったからなのだろうか。


「善逸君、どうかな…?」

その日のお昼休みに彼女は手作りのお弁当を俺に渡してくれた。とても色鮮やかで美味しそうで、彼女が頑張って作ってくれたことは一目で分かる。綺麗な卵焼きを一つ口に含むと美味しくて、「美味しい!」と言えば彼女は満面の笑みで喜んでくれて。
こんなにも俺のことを想ってくれて、好きだと言ってくれる子なんてもう出会えないかもしれない。だったら俺は、この子を大切にするのが正解なんだ。

卵焼きは出汁がよく効いていて、俺が大好きな甘い卵焼きを思い出すのなんてやめようと俺は必死で笑顔を作るのだった。



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