バイトが終わり今日も午前様を迎えた私はいつものように鍵を開けてあまり音を立てないように家の中へ入る。
早くお風呂に入って少しでも寝なければ。明日も朝起きて、ご飯を作って洗濯をして…そしてバイトだ。夏休みが終わるまで一日も休みを入れていないのだからこの生活にもそろそろ慣れてきた。

「おかえり」

そんなことを考えていると声をかけられ思わずびくりと肩を震わす。まさかこんな時間に善逸が起きているなんて。いつもはぐっすり眠っているのにどうしたのだろう?

「びっくりした…ただいま善逸。起きてたの?」
「うん…ちょっと。凛と話がしたくて」

その言葉にえ?と首を傾げる。こんな時間まで待ってまで話したい話があるのだろうか。…もしも彼女との惚気話とかだったらどうしよう。だけど折角起きて待っててくれたのなら聞かないわけにはいかない。私は善逸の目を真っ直ぐと見て「何?」と尋ねた。

「……大学、受験しないの?」

その言葉に炭治郎と伊之助の顔が思い浮かぶ。言ってしまったのか、口を滑らせてしまったのか。おそらく後者だろう。だけど出来れば善逸にはバラしてほしくなかったな。今更遅いけれど。

「うん」

私がなんの迷いもなくそう言うと善逸は顔を顰めてしまう。私は善逸と同じ大学に行くと言っていた。ちょっと難しいところだけど、家から近いしここなら一緒に通えるねと笑いながら決めた大学。でも、私には行く理由がなくなってしまったから。だから辞めたのだけど、善逸には辞めたことをバラすつもりはなかったのに。

「なんで?一緒に行こうって言ってたじゃん…」

残酷なことを言う。
善逸の隣に、もう私の居場所はないというのに。まだ一緒にという言葉を使ってしまう善逸が心配になる。そんなんじゃ折角出来た彼女さんに怒られるよ、と。

「うーん、やりたいことが出来て」
「やりたいこと?大学に行きながらじゃ駄目なの?」
「駄目かなぁ」
「バイト始めたのもそのため?」
「うん、そうかな」

曖昧な返事しかしない私に善逸はますます眉を顰めた。多分、私に隠し事をされているのが嫌なんだと思う。凄く分かるよ。私達は親に捨てられて、信用出来る人もいなくて。やっと信用出来ると心を許した相手が自分に隠し事をしている今の状況は善逸にとっては辛くて仕方がないんだろう。
そして、隠し事をしなければいけない私もまた、辛くて仕方がない。

「凛……」

善逸がまるで、最初に出会った時のような顔で私のことを見つめる。

「……寂しい」

私も寂しいよ、善逸。
毎日毎日善逸にご飯を作って、それを美味しそうに食べる善逸を眺めて、馬鹿なことをして笑って、一緒に洗濯物を取り込んで畳んで。自由気ままに昼寝だってして……そんな毎日を過ごせたらどんなに良かったか。
だけど駄目なんだよ、それじゃあ。私も善逸も、変わらなければいけない。きっかけをくれたのは、善逸だよ?

「善逸」

私の声に善逸の瞳が揺れる。
置いていかないで、1人にしないで。善逸の瞳は確かに私にそう訴えかけていて。

「あのね、そういう言葉は彼女さんに言いなさい。会えないなら電話とか、方法はあるでしょ?やっと出来た彼女さんなんだから大切にしなきゃ駄目だよ」
「…彼女と凛は違うだろ……」
「でも、縋る相手は私じゃなくて彼女さんだよ。それを間違えちゃ駄目」

じゃあ、私はお風呂入るから善逸も早く寝てね。と話を切り上げようとすると善逸が少し震えた声で私に問いかける。

「凛…俺と凛は、家族だよね…?」

きっと善逸にとってはとても勇気のいる言葉で、私にとってはとても残酷な言葉で。
だけど私は敢えて口にするよ。善逸のことが大好きだから。

「家族だよ。善逸とお爺ちゃんは、私にとって大切な家族!」

そう言って笑うと善逸はやっと安心したような顔をして少しだけ微笑んでくれた。
良かった、私、上手く笑えてたんだね。
こんな気持ちになるなら、家族になんてならなければ良かったな。



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