俺についに彼女が出来た!
隣のクラスの可愛い子でついに俺にも春が!と興奮気味に手当たり次第に報告すると皆呆れたような、だけど良かったな!と祝ってくれて俺は幸せの絶頂だった。
ただ、炭治郎と伊之助は凄く微妙な顔をしていたけどなんだよ!寂しいのか?と言えば「寂しくないと言えば嘘になるな」なんて男の俺でもときめく台詞を炭治郎が言ってきたのでちょっとときめいたけどね!モテる男は違うわ…

そんなわけで俺は今、人生で1番幸せだと言っても過言じゃない。残念なのは折角付き合うことが出来たのにすぐに夏休みに入ってしまい彼女はしばらく祖父母の家に帰省するので2学期まではあまり会えないと言われたことだ。全然関係ないけどね!会えなくても付き合ってるわけですし?
夏休みはとりあえず凛と炭治郎と伊之助と勉強したり遊んだり。最後の高校生活なんだから思う存分満喫しようと。俺は呑気にそんなことを考えていた。


「あれ?爺ちゃん凛は?」
「凛ならバイトじゃ」
「え?凛バイト始めたの?」

机の上には凛が作り置いてくれたおかずが並んでいて、律儀に3食分きっちりと作られている。メモも残してあり食べきれなかったら冷蔵庫に入れておいてね、と。3食分だなんて、丸一日バイトなのか?
俺はラップを剥がして凛お手製のスクランブルエッグを口にして大好きな凛の味付けに顔を綻ばせる。

「うまっ」

だけど作った本人にそれを伝える事は叶わなくて。俺はなんだかいつもと違う朝の始まりに違和感を覚えつつも炭治郎と伊之助に連絡して一緒に勉強をすることにした。
明日は凛も誘おうと。俺はやっぱり呑気にそんなことを考えていたのだ。


その日から俺と凛は同じ家に住んでいるのにほとんど顔を合わせることがなくなった。

凛は俺が起きるよりも早くに家を出てしまい、そして夜は午前様を迎えないと帰ってこない。流石に受験生だし、しかも凛は女の子なんだから午前様は良くないのではないかと爺ちゃんに聞けば「凛は大丈夫じゃ」と爺ちゃんにしては無責任な答えが返ってきた。
俺が朝起きるのが遅いのがいけないのかもしれない、と一度早く起きてみたら凛は台所に立って沢山のおかずを作っていて、その姿を久し振りに見た俺は少しだけ嬉しくなる。

「おはよ、凛」
「? おはよう善逸。早いね」

いつも通りに返してくれるが凛と目が合わない。あれ、なんだか変な感じだな。でも調理中の凛の邪魔をするわけにもいかずに俺は黙って座って凛のことを見つめる。
凛は少しだけ痩せたようにも見えてやっぱり心配だ。

「ねえ、なんでバイト始めたの?」
「え?」
「一応、受験生じゃん俺達。バイトしてる暇なくない?」

少し言い方がキツくなってしまって後悔する。
受験生じゃん、なんて建前で俺は家に凛の姿がないのが嫌だった。いつもこの家には俺と凛と爺ちゃんがいて、馬鹿みたいなことして笑って、自由気ままに昼寝とかして。そんな日常がなくなってしまったのが寂しくて。八つ当たりしてしまった自覚がある。

「ごめん、言い方悪かった…」
「ううん、いいよ。時間だからもう行くね。これ、お爺ちゃんと一緒に食べて」
「あ、凛…」
「いってきます」

凛はそれだけ言うとエプロンを脱いで用意してあった荷物を持って出て行ってしまった。
なんとなくだけど、避けられているような、逃げられたような気がして凄く悲しかった。


***


「紋逸、なんだよその顔」
「……え?」
「どうしたんだ善逸?何かあったのか?」

夏休みは都合さえ合えば俺の家に炭治郎と伊之助が来てくれて一緒に勉強したり、息抜きに遊んだりしていて。それ自体は楽しくて仕方がないのに今日の俺はずっと心ここにあらずの状態でそんな俺を心配したように2人が声をかけてくる。
俺はあまり考えがまとまらないまま口を開いた。

「最近さ、凛と全然喋れなくて…」
「え?凛もここに暮らしてるんだよな?」
「そうだよ。だけど凛、夏休みが始まってからバイトを始めてさ。朝から夜までずっと家にいないの」

口に出すとますます今の状況が気に食わなかった。毎年、当たり前のように隣にいた存在が今年は一切隣にいてくれない。それはまるで俺の日常の一部が欠けててしまったようで居心地が悪くて。はぁーと大きな溜息をついて俺は机に突っ伏す。

「そもそも受験生なのにバイトに明け暮れるっておかしいだろ…」
「凛受験しねーじゃん」
「え?」
「伊之助!」

弾かれたように顔を上げた俺の目には焦ったように伊之助の口を押さえる炭治郎とどうやら口を滑らせたくせにあまり反省の色のない伊之助の姿が写る。なにそれ、どういうこと?

「は?なにそれ。凛受験やめたの?いつ?いつ決めたの?」

俺は知らない。凛が受験をしないと決めたことも、バイトを始めた理由も。一緒に住んでて、炭治郎や伊之助よりも長い時間を凛と過ごしていたのに2人は知っていて俺は知らないとか、そんなことある?

「なに、凛は何しようとしてるの?2人は知ってるの?」
「善逸、落ち着け」
「いや、別に落ち着いてるけどさ、でも……なに、意味分かんないんだけど」
「意味分かんなくて当然だろ。紋逸に紋逸の考えがあるように、凛にだって凛の考えがあんだからよ」

伊之助の言葉にぐっと言葉に詰まる。それはあまりにも正論だったから。凛には凛の考えがあって人生がある。そんなことは分かりきっている。けれど、今までずっと一緒にいてこんなにも凛のことが分からないと思ったのは初めてだったから動揺しないわけがない。
そんな俺に炭治郎は宥めるように口を開いた。

「善逸、とりあえず落ち着こう。凛がバイトを始めてたのは俺達も知らなかったし、受験をしないと知ったのはたまたま職員室で先生にそう伝えてるのを聞いてしまったからなんだ。俺達も凛から聞いたわけじゃないんだ」
「……炭治郎…」
「でも、凛に誰にも言わないでほしいと口止めをされていたから善逸に伝えることが出来なかったんだ。ごめんな、善逸」
「……ううん、俺こそ取り乱してごめん。炭治郎、伊之助」

凛が何を考えているか分からない。
それは凛と出会ってから初めてのことで、こんなにも動揺するなんて俺も思ってもいなかった。



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