高校3年になり、私達にも大学受験が迫ってきていた。志望校はなんとなく決めていて、そんなに簡単な場所ではない。3年では善逸と同じクラスになった私は善逸と以前よりも一緒にいることが更に多くなった。2人で日誌を書いていたある日、クラスメイトが私達に声をかけてきた。

「花火大会?」

電車で3つ先の駅で大規模な花火大会が行われるらしく、気晴らしにクラスの皆でどうだと誘われて私たちは二つ返事で参加を決めた。元々お祭り事は好きだし、善逸と花火が見れるなら願ってもない。ただ、クラスメイトのある一言に私は戸惑ってしまう。

「女子は浴衣着て来いよな!」
「え!?」

浴衣なんて、着たこともない。そもそもうちに浴衣はあるのだろうか?

「爺ちゃんに聞いてみないとな」

そう言いながら楽しみだな!と善逸は子供みたいに笑う。ずるいなぁ、私ばかり好きで。
善逸はきっと、クラスの皆と花火大会に行けるのが純粋に楽しみなんだ。私みたいに、私情で楽しみなわけじゃない。それがちょっと気に食わなくて、日誌を書いている手を揺らせば文字がくしゃくしゃになってしまって善逸が何すんの!と笑いながら私の頭を撫でた。
こんなにも近くて、遠いなぁ。



「浴衣なら家内が着てたのがあるぞ」
「え、ほんと?」
「確かこの辺に…」
「爺ちゃん、俺が取るから無理すんなって」

そう言って善逸が取ってくれた箱の中には白地に黄色の刺繍の入った可愛らしい浴衣が入っていて胸が高鳴ってしまう。
広げてみるとあまりにも綺麗なその浴衣を私が着てもいいものかとお爺ちゃんの方に目線を向けるとお爺ちゃんはにっこりと微笑んでくれる。

「箱に入ってるよりも凛に着てもらったほうが浴衣も喜ぶじゃろ」
「良かったじゃん!凛」


そして花火大会の日。私はその浴衣に腕を通した。思った通り凄く綺麗で私なんかがこんなに素敵な浴衣を着てもいいのだろうか…と何回も葛藤したけれど最終的にお爺ちゃんにバシッと背中を叩かれ後押しをされてしまう。
スマホで浴衣に合う髪型も調べて、見様見真似で髪を結ってみるとなんとなくだけど形にはなって。いつもの自分じゃないみたいで少しドキドキしてしまう。
善逸はなんて言ってくれるかな、なんて。
兄妹では絶対に感じない感情を抱いている自分に少し嫌気が刺した。

「あ!凛浴衣着たんだ!」
「あ、う、うん!着てみた!」
「めっちゃ可愛いじゃん!似合ってる!」

あ、駄目だ。泣きそう。
ぐっと堪えると善逸はそんな私には気付かなかったみたいで結ってある髪の毛を見て感嘆の声を上げる。

「この髪も自分でやったの?」
「う、うん。変?」
「変じゃないよ、可愛いって!凛は本当に髪が綺麗だね」

眩しいくらいの笑顔で善逸が言う。
善逸は私の髪が好きだ。いつも綺麗だとか、好きだとか。私の髪に向けてそんな甘い言葉を言ってくる。そんな善逸の言葉を間に受けて私は髪の手入れは怠らなかったし、ある程度の長さは保つように伸ばしていて……我ながら女々しい。
善逸にただ、可愛いって言ってもらいたいがためにそんな努力をしているのだから。

「んじゃそろそろ行こっか」

善逸に言われて私と善逸はお爺ちゃんにいってきますと伝えて家を出た。
履き慣れていない下駄はちょっと歩きにくくて、善逸はそんな私にいつも通りの会話をしながらも歩幅を合わせてくれる。そんな些細な優しさも好きで、焦がれてしまう。
いつもと違う格好をしているせいか、いつもよりも少し乙女チックなことを考えてしまう自分が恥ずかしかった。


きっと今日は良い日になると、思っていた。


花火が打ち上がる少し前に、ある女の子が善逸のことを呼び出して連れて行ってしまった。あの子は隣のクラスの子だった気がする。折角の花火を善逸と見たかったのに、止める訳にもいかず私は結局クラスメイトと打ち上がる花火を見ることになった。嫌だったわけじゃない。花火は綺麗で、クラスメイトとの話も楽しくて。だけどやっぱり善逸が隣にいないのが寂しくて。

結局善逸が戻ってきたのは花火が全て打ち上がった後だった。どこに行ってたんだよ我妻、とか。抜け駆けか〜?とか茶化されてたけど善逸はいつもよりも上機嫌にそれを流していて。それからもずっとハイテンションのままクラスメイトと別れ2人で帰り道を歩いた。

「凛、俺さ」

善逸が何を言うのか、なんとなく分かった気がして。あまりにも聞きたくなくて私はその場にしゃがみ込んでしまう。

「どしたの?」
「い、痛くて…」
「え?あ…何これ靴擦れ?」

履き慣れていない下駄の鼻緒の部分が擦れてしまい少し血が滲んでいる。痛かったのは本当だ。だけど私は嘘をついている。しゃがみ込むほど痛くなんてないし、本当は善逸の話が聞きたくないだけなんだ。
そんな私の嘘に善逸はほら、と言ってしゃがみ込んでくれる。

「な、なに」
「痛いだろ足。おんぶしてやるから乗れって」
「い、いいよ、そんな…」
「だーめ。そんな足で歩かせるほど酷い男じゃないんで」

ほらほら早く。と善逸に急かされ私は善逸の背中にしがみつくように抱きつけば善逸は軽々と私をおぶさって歩き出す。
出会った時はあんなにも小さくて細っこかったのに。今はこんなにも立派な男の人になって…

「凛、俺さ」

もう逃げる事は出来ない。
私は善逸の言葉を静かに聞くしかなかった。

「彼女できた」

きっとそうだったんだろうな、と思っていた通りの言葉に胸を抉り取られたような痛みが襲う。

「打ち上げの時、告白されてさ?それで……」
「うっ………」
「え?凛?」

ぼろぼろ、ぼろぼろと涙が止まることなく溢れる。分かっていた。善逸は良い人で、格好良くて優しくて。きっといつか彼女が出来てしまうんだろうと思っていた。だけど、そんな日がずっと来なければいいのにと願っていたのも本当で。その願いが叶う事はついになかったのだと思い知らされる。

「え!?そ、そんなに痛い…?大丈夫…?」
「い、いだぃ、痛い、よぉ……っ」

こんなにも、胸が張り裂けるほど痛い。
私は泣き止むことが出来ず善逸の背中に縋り付いてずっと泣いた末に善逸に言葉を送った。

「おめでと、ぜんいつ…」

そう言うと善逸は私のことを心配しながらも、ちょっとだけ照れた顔をしながら「ありがとう」と言うのだった。




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