俺は我妻善逸。子供の頃に母さんに捨てられたが仲良くしていた爺ちゃんと凛の恩恵のおかげで今もこうして元気に暮らしている。
苗字は爺ちゃんの姓をもらうか悩んだのだけど、子供なりの未練だったのかどうしても我妻という姓を捨てることが出来なくて。爺ちゃんはそんな俺の思いを汲んでくれたので今も「我妻」と名乗っている。

凛とは同い年で、最初の頃は文字の読み書きも計算も出来なかった俺に付きっきりで教えてくれたりご飯もいつも作ってくれるので俺にとっては母親のような、姉のような。だけど妹のような…とりあえず特別な存在だ。小中高と全て同じ学校に通っていて同じ家に住んでいるのだから登下校もずっと一緒だ。不満は全くない。俺は凛のことが好きだし一緒にいて楽しいのだから。
ただ、思春期の友人はそんな俺達を見逃してはくれず。

「我妻、桑島さんと付き合ってんの?」

もはや聞き飽きた言葉を高校に上がってからも何回も聞いている。

「付き合ってないよ。凛とは兄妹みたいなもんなの」
「でも同じ家に暮らしてて、弁当は桑島さんの手作りなんだろ?なんかやらしーなぁ」
「そ。逆に家族をそんなやらしー目で見ることなんてないだろ?」

俺がそう言うとまぁ確かに。と友人は納得してくれる。中学の頃から散々この質問はされてきた。凛はどちらかというとモテるほうで、そんな凛の近くにいつも俺がいるのが気に食わないんだろう。だけど家族という立場ならギリギリセーフ、といった感じで見逃されている。高校でもそうなるのだろう。

「善逸、お昼食べに行こー」

廊下から凛の声が聞こえる。凛と一緒に炭治郎の姿も見えたので俺はクラスの隅で寝ている伊之助を起こして2人の元へ向かい4人で屋上へと移動する。
炭治郎と伊之助に出会ったのは小学校に途中から転校生として通い始めた時で、2人は最初は凛の友達だった。凛が人見知りする俺の手を無理矢理引いて「この子善逸っていうの。仲良くしてね」と紹介してからはトントン拍子に仲良くなって。それからも俺達はこうして大体一緒に行動している。凛は俺達と連んでていいのか?と聞いたけど「善逸達と一緒にいる方が楽だからなぁ」とのこと。凛は愚痴ることをしないから分からないけれど女同士というものは思ったよりも面倒臭そうだ。凛が俺達と一緒にいたいというのなら、俺達は喜んでそれを受け入れた。


***


「聞いてくれよぉ、今朝も女の子に振られちゃったよぉ…」

善逸が開口一番そんなことを言ってくる。
いつからだったか善逸は取り憑かれたように「彼女がほしい」と口にするようになって可愛らしい子を見かける度に告白をするようになっていた。不誠実だぞ、とか。好きでもない子に告白をするのはどうかと思う。と伝えても善逸は「女の子は皆好きだから問題なし!」と聞く耳を持たず。その悪い癖は高校になった今も直ってないようだ。

「どーでもいい」
「伊之助はいいよなぁ!?女の子のほうから寄ってくるからさぁ!この前も告白されてただろ!振ったの知ってんだからね、俺!」
「はぁ?あんな知らねえ奴に好きって言われてもなんも嬉しくねえよ」
「ま、まあまあ。落ち着け善逸。伊之助」

2人を宥めるとこれだからモテる男は…と恨み言を呟きながら善逸は凛が作ったお弁当のおかずを口に入れる。その瞬間、とても幸せそうに顔を綻ばせるのだから本当にタチが悪いと思う。

「うっま!凛〜めっちゃ美味いよこれ!」
「ほんと?良かったぁ」

凛が嬉しそうに微笑み、善逸も幸せそうにお弁当を食べ進む。
俺は少しだけ居た堪れなかった。凛が善逸のことを好きなのだと気付いたのはいつからだっただろうか。小学生の頃は俺達と同じように善逸に接していたはずなのに、いつからか凛は善逸に対して俺達とは違う眼差しを向けるようになっていた。本人に聞いたことはないけれど、きっと凛は善逸が好きなんだ。
だけど善逸もいつからか沢山の女の子に告白をするようになって、その度に凛はいつも少しだけ寂しそうにしていて。俺は凛のそんな顔を見るのが嫌で仕方がない。

「善逸。きっと善逸のことをちゃんと見てくれる子はいるから、手当たり次第告白するのはやめたほうがいいと思うぞ?」
「炭治郎まで…!?で、でも!告白しなければ逃してしまう恋もあるかもしれんだろ!?凛もそう思うよな!?」

あろうことか善逸は凛に話を振る。凛は困ったように笑って

「そうだねぇ」

と曖昧な答えを返していた。
なんて、残酷なんだろうと。俺はやっぱり居た堪れない気持ちでパンを口にするのだった。


***


「桑島さんって、我妻君と付き合ってるの?」

飽きるほど聞いた言葉に内心苦笑いしながら私は「付き合ってないよ」と口にする。
小学生の頃からこの質問をされた回数は数え切れない。好奇心からか嫉妬からか、それとも女として自分の方が優れていると言いたいのか女子というものは私に本当によくこの質問を投げかけてくるのだ。

「そうなの?でも一緒に暮らしてるんでしょ」
「うん、まあ」
「それじゃあ兄妹みたいなもんなんだ」

仲良いもんね、と悪意もなく言われる言葉にちくりとした痛みを感じる。
私と善逸は家族で、兄妹みたいなもの。
分かっているし、きっと世間の認識はそれで間違っていない。
だけど私は一度も自分から兄妹みたいなものと口にしたことはなかった。




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