「………え?」
彼女とのデート中、あまり気分が乗らず家に帰ることばかりを考えていた俺は結局デートを早めに切り上げて家に帰ることにした。
ただいまぁ、と帰ると爺ちゃんがおかえりと声をかけてくれて。きょろきょろと家の中を見渡しても凛の姿はなく俺は隠すこともなく落胆した。
「なんだぁ、凛はまたバイト?」
コートを脱ぎ、部屋着へと着替えようとすると爺ちゃんが「善逸」と声をかけてくる。爺ちゃんのほうを向くと真面目な顔をしていて、こういう顔をしている時の爺ちゃんは俺にとってあまり良くない話をしてくることが多い。
「どしたの、爺ちゃん」
「凛はもう、この家には帰ってこない」
爺ちゃんが何を言っているのか分からない。
凛が帰ってこない?この家に?なんで?凛の家はここでしょ?
「なに、え?嘘でしょ、どういうこと?」
「嘘じゃない。凛は家を出た。それだけじゃ」
「は?なんで、喧嘩でもしたの?お、俺。その辺を探してくるよ!」
「善逸」
爺ちゃんに呼び止められ俺は走り出そうとした足を止める。だって、そんな。今朝まで普通にしてたじゃん。いってらっしゃいって。ご飯だって美味しくて。なんで、どこに…
「凛から手紙を預かっておる」
爺ちゃんから渡された手紙を受け取り俺はすぐに読んだ。手が震えてなかなか封が開けられない。呼吸も浅くなっている気がする。何も信じられないまま便箋を取り出すと見慣れた文字で『善逸へ』と書かれていた。
『善逸へ
突然家を出てしまってごめんなさい。言うと寂しがるかなって思うと最後まで言えませんでした。思えば随分と長い間善逸とはこの家で過ごしましたね。私達は血は繋がってなかったけれど、きっとちゃんと家族だったと思います。今までありがとう。お爺ちゃんと仲良くしてね。彼女さんとも幸せになってね。さよなら。 凛』
「なに、これ」
さよならと。凛はまたねとも書かず、行き先も何も書いていない。凛はもう、帰ってくる気がないんだ。何故?俺達は家族なんだろ?なのにどうして、何も言わずに俺を置いていくんだ?
「爺ちゃん!凛は、凛はどこに行ったの!?」
「言えん」
「なんで!?だって、俺だって凛の家族でしょ!?行き先を教えて、俺、会いに──」
「善逸」
爺ちゃんが動揺する俺の名前を静かに呼ぶ。
がたがたと震える手にそっと爺ちゃんのしわくちゃな手が重ねられ、強く握られた。
「これは凛が決めたことじゃ。儂もお前も、それを否定することは出来ん」
爺ちゃんはいつも、難しいことを言う。だって、全然分からない。どうして凛は家を出て行ってしまったんだ?あんなにも楽しくて暖かくて尊かった毎日が、こんなに一瞬で消え去ることがあるのだろうか。
そう考えてハッとする。凛は明らかにバイトを増やして金を貯めていた。そして、その頃から俺や炭治郎、伊之助とも距離を置くようになって。凛は、あの時から家を出ていくことを決めていた…?
「なんで………っ」
力が抜けて膝から崩れ落ちるように座り込む。涙腺が馬鹿になったみたいに涙は止まらず俺はずっと泣くことしかできなかった。
***
「善逸君、私達別れよう」
凛が家にいなくなってから2週間が過ぎた頃、俺は彼女にそう切り出された。
見限られても仕方がないだろう。それくらい俺は凛がいなくなったあの日から憔悴しきって、彼女の電話にも出れず連絡もほとんど返してなかったのだから。
「…うん、本当にごめん」
自分が最低だと思う。
あんなにも憧れていた彼女を、きっと俺はちゃんと愛してあげることが出来なかった。思い返せばあの頃から凛と過ごす時間は減っていき、俺はいつも凛のことを考えてしまっていたのだから。
今日までそんな俺の彼女でいてくれたことに感謝と申し訳なさしかなかった。
「善逸君、私分かってたの。きっと善逸君は私のことを好きにならないだろうなって」
「え?ど、どういうこと…?」
「そこまでは教えてあげない。でも、ちゃんと善逸君のこと好きだったよ」
「……うん、ありがとう」
じゃあ、元気でね。と彼女は涙目になりながら去って行った。
今までありがとう、本当にごめん。好きだったよと。その言葉に俺も好きだったよと返せなくて本当にごめん。だけど、それはもっと彼女を傷付けることになるからどうしても言えなかった。だって俺は彼女のことが人としては好きだったけど女の子としては一度も「好き」と思ったことがなかったから。
「……向いてないのかなぁ」
恋愛も家族も。
俺は何一つ手に入れることが出来ないのかもしれない。
だって俺は捨て子で、愛されていなかったから。
『善逸』『善逸!』
だけど確かに、凛と爺ちゃんは俺を愛していてくれていた。でも、凛は俺を捨てたじゃんか。
「もう、分からんよ……」
1人残された俺は膝を抱えて泣くしかなかった。
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