高校生活はあっという間に過ぎ去り、俺も凛も炭治郎も伊之助も。昨日卒業式を無事終えた。
と言っても炭治郎と伊之助と俺は同じ大学に合格出来たからまた4月から同じ大学に通うんだけどね。彼女は違う大学に合格したし、凛は受験をしなかったから俺の日常はやっぱり少しずつ変わって行くのだろう。

卒業式の翌日、俺は彼女とデートをする約束をしていた。
朝起きるとそこには凛の姿があって「おはよう善逸」と声をかけられる。

「あれ?新聞配達のバイトは?」
「今日はお休み」
「やった!じゃあ作り立ての凛の朝ご飯食べれるじゃん!」

俺が素直に喜ぶと凛も嬉しそうに笑ってくれる。あ、良い顔だ。凛のそんな顔久々に見た気がしてなんだか凄く嬉しい。
凛はエプロン姿で味噌汁を味見して、魚を焼いて、卵焼きを焼いて、ご飯をよそって…とても久し振りに感じるその日常は、こんなにも尊くて懐かしい。
凛が机に朝ご飯を並べてくれて本当に久々に3人で机を囲んでいただきます、と手を合わせる。
出来立ての朝ご飯は凄く美味しくて、何より凛と爺ちゃんと3人で食べる朝ご飯は何よりも幸せを感じる。

「やっぱり、凛がいるほうがいいなぁ」

ね、爺ちゃん?と言うと爺ちゃんもそうじゃな。と微笑んでくれる。なんであんなに忙しくしてたか分からないけど凛がいない食卓はやっぱり何か欠けているような気がしていて。爺ちゃんと二人なのが嫌なわけでは全くない。だけど、凛がいないだけでそこにぽっかりと穴が空いたような気になるんだ。

「うん、美味い!凛のご飯が一番好きだなぁ!」

そう言うと凛は少し照れ臭そうに笑ってくれた。



「じゃあ、行ってくるね」

爺ちゃんと凛が玄関まで見送りに来てくれてちょっとだけむず痒い。

「いってらっしゃい、善逸」

久々に聞く凛の「いってらっしゃい」に嬉しくなって、俺は彼女とのデートなのに今日は凛の「おかえり」が聞けるのかな、なんて呑気に考えてながら「いってきます」と言って家を出た。
まさか、家に帰ったらもう凛の姿が何処にもなくなっているなんて。俺は思いもしなかったのだから。


***


「凛、本当に良かったんじゃな?」

お爺ちゃんが私にそう言う。いってらっしゃいと声をかけて扉が閉まった後、私はぼろぼろと涙を流した。もうこの家で善逸にその言葉をかけることはない。いってらっしゃいもおかえりも、いただきますもご馳走様も。もうそんな日常とはお別れだ。

「うん。これでいいの」

そう言って私は自分の部屋から大きめのキャリーケースを持ってきた。
今日、私はこの家を出る。そう決めたのは夏休みのあの日。このままこの家にいたら私はきっと善逸に迷惑をかけると分かってしまったから。

善逸のことが好きだ。好きで好きで、大好きだった。泣き虫な善逸が私を見つけると笑ってくれるのも、私のご飯を美味しいと言ってくれるのも、私がいなくて寂しいと言ってくれるのも。全部全部、大好きだった。
だから、私はこれ以上善逸と一緒にはいれない。善逸が私に「家族」でいてほしいと望むのならこの気持ちには蓋をするしかないのだから。

「お爺ちゃん、ごめんね。家を出るなんて決めちゃって」
「いいんじゃよ。凛、お前の人生じゃ。何も我慢することはない。儂はお前が幸せならなんでもいいんだ」
「……うん」

お爺ちゃんが私を見つけて、引き取ってくれて。こんなにも私は幸福だった。ありがとうお爺ちゃん。善逸と仲良く過ごしてね。

「手紙、書くね。でも善逸には見つからないようにしてね」
「善逸とはもう会わないつもりなのか?」

少し寂しそうにお爺ちゃんが言う。
ごめんね、お爺ちゃん。喧嘩したわけじゃないんだよ。だけどね。

「うん。好きだから、もう会えない」

きっといつか。それを口にしてしまう気がしたから。そしてそれを口にしたらこの「家族」という関係が終わってしまうのも分かっていたから。
だから私は、もう善逸に会う気はない。

「じゃあ、もう行くね」

これ以上お爺ちゃんと話していると、別れがたくなってしまう。
思えば随分と長い間過ごしたこの家が大好きだった。帰る場所がなかった私に出来た、帰る場所。それは本当に大切で、まるで奇跡のような出会いだった。

「…凛、いつでも戻って来い。儂はずっとここにおる」
「…うん。お爺ちゃんありがとう。大好きだよ。…いってきます」

お爺ちゃんへのいってきますと、善逸へのいってらっしゃいにさよならを込めて。
私は家を出ていくのだった。




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