「そういえば今日、バレンタインじゃん!」
「え?」
「我妻が騒がないと実感が湧かないなー」
「失礼だな!?」

そう言いながらクラスメイトとははは、と笑い合う。俺はこの日になると…いや、この日の1週間前から毎年毎年飽きもせずに騒いでいた自覚がある。チョコが欲しいよぉ!と見境なく女子に迫って時には張り手をされて。そんな賑やかな毎日を送った挙句に炭治郎はチョコを貰い、伊之助に至っては持ち切れないほどチョコを貰って。そして俺だけはいつもすっからかんで畜生ー!と泣いていたものだ。

「善逸君、これ…バレンタインのチョコ」

だが今年は違う。いつものようにお昼ご飯を食べ終わると彼女から可愛らしくラッピングされたチョコが渡され、俺は素直に喜びそのチョコを食べるとそれは甘くてとても美味しい。

「ありがとう!美味しいよー!」
「本当?頑張って作って良かった!」

嬉しそうに笑う彼女にこっちまで嬉しくなる。そういえば、毎年チョコが欲しいと泣き喚くと凛が俺の一番好きなガトーショコラを焼いてくれたんだよな。一番初めは作るのに失敗して、苦いガトーショコラで凛は食べなくていいよと落ち込んでいたけど俺は全部食べたんだ。俺のために焼いてくれたのが嬉しくて堪らなかったから。
今はもうプロみたいな美味しさのガトーショコラを焼くようになったけど、俺はあの焦げたガトーショコラも大好きだった。

「善逸君?」
「え、あ!ごめん、何?」
「…ううん、なんでもない」

どうして俺は何かあるごとに凛のことを思い出してしまうのだろう。それは俺が凛と過ごしてきた時間が多過ぎたからなのだろうか。
分からない。分からないけど彼女の前で凛を思い出すのは失礼だと思う。なのに、彼女が俺のために何かをしてくれる度に凛のことを思い出してしまうのが俺は苦しかった。


***


「ただいまぁ」
「お帰り、善逸」
「うん。爺ちゃんただいま」

俺におかえりと声をかけてくれるのは今となって爺ちゃんだけ。それがいつも通りになってしまった。
凛はバイトで、冷蔵庫を開けてもガトーショコラは入っていなかった。それもそうか。毎年俺が誰にもチョコを貰えないからと騒ぐから凛はガトーショコラを焼いてくれていたのだ。今年は違う。俺には彼女がいて、チョコだって貰ったんだ。本命チョコだぞ?俺だってやる時はやるんだからな。

いつも通り夜は凛が作り置いてくれたおかずや味噌汁を温めて爺ちゃんと机を囲んでそれを食べる。俺、爺ちゃんがいなかったら寂しくて駄目だったかもしれないな。

「善逸」
「何?爺ちゃん」
「今日はばれんたいん、というやつじゃろ?チョコは貰えたのか?」

爺ちゃんにも毎年泣き喚いていたのを見られていたから、そんなことを言われて思わず笑ってしまう。俺は、気付いていなかっただけで色んな人に気にしてもらっていたんだな。それが嬉しくて。

「うん!今年は彼女から本命チョコをもらっちゃったよ!」
「そうか。それは良かったのう」

爺ちゃんが顔をくしゃりと綻ばせてそう言ってくれる。そんな爺ちゃんの表情に俺まで嬉しくなってしまう。俺が喜ぶと爺ちゃんも喜んでくれて、そんな相手がいることが嬉しくて堪らなかった。
 

***


音がした。ガチャンと。眠りが浅かったのかその音に覚醒した俺が時計に目をやると時刻は深夜1時を過ぎていてその事実にサッと血の気が引く。
凛はいつも0時過ぎに帰ってくるはずだ。なんで今日はこんなに遅いんだ?何かあったのだろうか?
いてもたってもいられず俺は布団から飛び起きて部屋から出れば、深夜の寒さは体を刺すように痛く感じられた。 

「あれ、まだ起きてたの?」

俺の心配など他所に凛はいつも通りの様子でそこに立っていた。良かった、何もないならそれに越したことはない。だけど凛のことが心配で飛び起きたなんて言うのはあまりにも格好悪かったので俺は頭をがりがり、と掻いてあー…と言葉を濁す。

「トイレ行っただけだよ。凛こそこんな時間にご帰宅?」
「今日はちょっと忙しかったから」

そう言った後、凛は何かを思い出したようにあ。と声を上げた。

「彼女さんにチョコ貰えた?」

その言葉に一瞬どきりとする。
チョコは、貰えた。だけど貰えたと言ったらいよいよ俺は凛からガトーショコラを貰える機会がなくなるということだ。でも、貰えなかったと嘘を吐くのも違うだろう。
そもそも、嘘を吐く必要なんてどこにもなくて。

「…貰えたよ!本命チョコだよ本命!いやぁ〜美味しかったね!愛が篭ってるっていうか?」
「はは、良かったじゃん」

凛は笑いながら首に巻いていたマフラーを取り、コートを脱ぐ。その一連の流れに何故か目が離せない。
それに、俺はなんでこんなに強がってるんだ?確かに彼女からのチョコは美味しかったし嬉しかった。だけど、俺は凛のガトーショコラが食べたかったんだ。毎年それが楽しみで。俺が美味いって言うと凛は嬉しそうに笑ってくれて…

「善逸」
「っ、な、なに?」
「これ。明日お爺ちゃんと食べて」

そう言って包みを渡される。え、と思って封を開けるとその中にはガトーショコラが入っている。
何これ、どういうこと?凛の顔を見ると凛は少し気まずそうに俺から目線を逸らす。

「店の人に無理言って焼かせて貰っちゃった。いらないかなとも思ったんだけどお爺ちゃんの分のついでに、ね。バレンタインは過ぎてるから、大丈夫かな?」

彼女さんに変な誤解はされたくないから、と凛は言う。そして私お風呂入るから。と凛は俺の横を通り過ぎようとするのでその手を咄嗟に握ると凛は何?と俺のことを不思議そうに見た。

「ありがとう、嬉しい」

それ以外の言葉は見つからなかった。
凛のガトーショコラは特別なんだ。…いや、凛から貰えるものはなんだって特別で。彼女に勘違いされようと俺にとって凛が特別なことには変わりはない。
凛は少しだけ驚いた顔をした後、どういたしまして〜と言って風呂場にそのまま入っていった。


俺は知らなかったんだ。こんなにも嬉しい思いをしている俺を他所に、凛が風呂場で泣いていたことなんて知る由もなかった。



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