早退をして今日はとりあえず安静にしてようと布団に潜り込む。じくじくと脇腹が痛む。痛み止めを飲んだ方がいいかな、なんて考えているうちに眠気が襲ってきた。そういえば昨日は任務の後、治療も受けたから結局帰ってきて寝たのは1時間にも満たなかったな。自分の不注意が招いた結果だから仕方がないのだけど。
負傷中のため今夜は任務は入らないだろう。だけど私は刀を持って町へ行かなければならない。稀血だと判明した炭治郎を守るために。
『斎藤先輩!昨日…俺のことを助けてくれましたよね!?』
思い返される炭治郎の言葉。あの目はまだ確信を持っている目ではなかった。それでも炭治郎はたった少しの間で自分を助けたのが私ではないかと予想することが出来たのだ。
「……なんで、分かったのかなぁ…」
昔みたいに鼻は効かない癖に。だって昔ほど鼻が効いていたらあの目には確信が宿ってるはずだから。
そんなことを考えながら私は眠りへと落ちていった。
ピリリリッという機械音に意識が覚醒する。深く眠っていたようで夢すら見ていない。手探りでスマホを見つけ出し画面を見ると登録されていない番号が表示されている。誰だろう、とぼんやりとした頭で通話ボタンを押しスマホを耳へと当てる。
「……はい」
『あ、斎藤先輩ですか?俺です、竈門炭治郎です…!』
………は?
聞き覚えのある声が、聞こえるはずのない私のスマホから聞こえてくる。なに、なんで?
『すみません、善逸から連絡先を聞きました』
頭がどんどん覚醒していく。
なるほど。善逸が炭治郎に私の連絡先を教えたのか、勝手に。
なんでそんなことをしたかと考えれば答えは一つしかない。炭治郎が善逸に私のことを聞いたのだろう。善逸のことだ。炭治郎に本当のことは教えなくても、嘘をつくこともしなかったのだろう。
それで私の連絡先を教えたってことは「自分で聞け」とでも言ってあしらったのかな。
余計なことを、と思うのと同時に変な気を使わせてしまって申し訳ないなと思う。善逸だって炭治郎ともっと仲良くなりたいはずなのに私達の過去の記憶がそれを邪魔する。
「…うん、で?どうしたの竈門君」
なるべく平静を装って炭治郎に声をかける。電話までしてきて炭治郎は私にどうやって話を切り出すのだろうか。少しの沈黙の後、炭治郎は言葉を発した。
『斎藤先輩。俺、やっぱり昨日の夜俺を助けてくれたのは斎藤先輩だと思ってるんです』
思ってる、ということは確信ではないんだね。
なら誤魔化すだけだ。知らないと。何の話をしてるの?とシラを切ってしまおう。
「竈門君、今朝も言ったけど──」
『だから今夜、昨日と同じ場所で待っています』
その言葉に言いかけた言葉が止まる。
炭治郎は今なんて言った?
稀血の炭治郎があんな人気のないところで私を待つと言う。それは鬼からしたら極上のご馳走が無防備に自分の腹の中へ歩いていくようなものだ。
「…竈門君?何の話か分からないけど夜に出歩くのは感心しないよ」
『今夜だけです。先輩があの場所に来なかったら、俺はそれでも良いんです。いや、そのほうが良いんです』
「竈門君」
自分でも驚くほど冷たい声が出る。私は今、怒っている。自ら危険な目に遭おうとする炭治郎にも、炭治郎に正体がほとんど見破られている自分にも。
「それは、脅し?」
私の言葉に電話の向こうで炭治郎が息を飲むのが分かった。多分、炭治郎の私への疑惑は今の言葉で確信になったのだろう。
『違います。これは、お願いです。斎藤先輩、俺は昨日と同じ場所に昨日と同じ時間に待っています。先輩と話がしたいから』
話なら今ここですれば良いじゃない、とか。どこか分からないから行かないよ、とか。何とでも言いようはあったと思う。
だけど炭治郎は頑固で融通が利かない。昔からそうなんだ。そんな炭治郎のことが好きだったんだから忘れるはずがない。
「分かった」
それだけを伝えて通話を切る。
炭治郎のことを想えば想うほど、不思議なくらい気持ちが冷めていく自分が少しだけ怖かった。
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