「斎藤先輩!昨日…俺のことを助けてくれましたよね!?」
昨夜私の頭を悩ませた張本人が開口一番、挨拶よりも先にそんな言葉を私に投げかけてくる。
そうだった。そういえば炭治郎に正体がバレたかも、と危惧していたのをすっかり忘れていた。それほどに炭治郎が稀血だったことのほうが衝撃的だったのだ。
「おはよう竈門君。昨日?何のこと?」
とりあえずしらばっくれてみよう。
どうして炭治郎は私だと思ったのだろう。もしかしたら前世と一緒で鼻が効くのかもしれない。そうすると誤魔化すのも大変だけど、どうだろう?
「え!昨日その、変な奴を倒してくれたじゃないですか!」
「倒す?ゲームか何か?私ゲームはやらないから分からないなぁ」
変な竈門君。と言って笑うと炭治郎が悲しそうな顔をする。う、そんな顔をしないでほしい。炭治郎に悲しい思いをさせたい訳じゃないけれど、昨日のことは答えられることもないしこの話題はもう終わりにしたいのだ。どうやら炭治郎は昨日助けられた相手が私だと「確信」はしていないみたいで、当てずっぽうだったのかな?と安堵する。
軽く流そうとする私に炭治郎は諦めずに質問を続けた。
「…斎藤先輩、脇腹痛くないですか?」
炭治郎の言葉に少しだけ息を呑む。そう、私の脇腹は昨日の今日では全く完治していないしこうして立っているだけでもかなり痛い。顔には出してないが炭治郎には負傷するところを目撃されてしまっている。でもまあ、誤魔化せるだろう。
「脇腹?なんでそんな……っ!?」
炭治郎が何も言わずに負傷している脇腹を少し強めに触ってくる。まさか炭治郎が触ってまで確認をしてくるとは思っていなかったため完璧に油断していた私は痛みに顔を歪ませる。
「…す、すみません!痛い、ですよね…!?」
自分で人の傷口に触れたくせに炭治郎は酷く申し訳なさそうな顔をして謝ってくる。どうしよう。なんて言えばいいかな。
ギリ、と歯を食いしばって痛みを顔に出さないよう我慢をして炭治郎を少しだけ睨みつけた。
「…もう!いきなり女子の脇腹に触るなんてマナー違反だよ竈門君!」
「え!?あ!そんなつもりじゃ…いやでも、ご、ごめんなさい…」
「何言ってるかよく分からないけど今日の竈門君は変!暫く喋ってあげないからね!」
「ま、待ってください斎藤先輩!」
待ちません!と言って強引にその場を切り上げる。脇腹も痛いし、どうしたものかと頭も痛い。
勿論こんな風に別れて諦める炭治郎ではなく。
「斎藤先輩!」
と全ての休み時間に教室までやってくる始末だ。
困った。本当に困った。
***
「早退する」
同じクラスである善逸にそう言えば善逸はああ…と察したような顔をする。
それもそうだろう。炭治郎は私を休ませる暇なく追ってくるのだ。傷は痛みますか、とか。俺、斎藤先輩の力になりたいんです、とか。
100%善意の炭治郎の言葉に本当のことは何一つ言えず、そして脇腹の痛みか寝不足からか頭痛まで酷くなってきた。
昼休みも丸々あの炭治郎の善意による追及に晒されたらどうなってしまうか分からないため私は逃げることを選んだ。
「凛、気持ちは分かるけどさ。炭治郎は昔から頑固だから多分逃げ切れないよ」
それは、分かる。
炭治郎は本当に頑固だ。良くも悪くも真っ直ぐな性格故に一度こうと決めたものを曲げない。今の炭治郎は「私から本当のことを聞くまで諦めない」という信念を元に行動しているのだろう。
…こっちの気も知らないで。
「じゃ、任務には行くから」
「まだ療養中なんだから無理すんなって」
善逸が心配そうに言ってくれる。
だけど、私は任務がなくても夜の町を駆けなければいけない。だって、
「ありがと。でも炭治郎のこと守りたいから」
そう言うと善逸は困ってように笑ってくれた。
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