痛い。いや、かなり痛い。

自分の実力の無さが歯痒い。
B地区に到着した時、既に連絡があった場所に鬼の姿も人の姿もなく、血痕が見当たらなかったためここで「食事」をした訳ではないだろうという考えに至り高めの建物へ移動をして上から探していれば、強く鬼の気配を感じたためすぐに気配のする方へと移動した。
そしてその鬼を見つけた時、奴は追い詰めた人間を殺そうとしていて、

(間に合え─!)

そう思い刀を抜き呼吸を駆使してその場から飛び降り、鬼と人間。両方の姿を確認する。

(え、)

これは私の油断。その人間が知ってるだけの相手なら良かったものの、誰よりもここにいてほしくない人だとは思わなかったから。
そしてその油断のせいで鬼が伸ばしていた両手のうち、片手を仕損じて脇腹に一撃をもらうとかお粗末すぎるでしょ。

骨は折れてなさそうだけど、爪が掠ったらしく出血もしている。かなり痛む傷口に鞭を打って鬼に視線を向ける。
長期戦は圧倒的に不利。そして目の前にいる鬼は恐らくそこまで強くない。傷を負ったのは完璧に私の失態だし、襲われている人に…炭治郎にこれ以上危害を加えさせるわけにはいかなかった。

「死にたくなかったらその稀血の餓鬼を食わせろ!そうすればお前は優しく殺してやる!」

いや、どっちにしろ殺すんじゃん。
鬼の言葉に呆れつつ、発された単語に酷く落胆する。そうか、炭治郎は……。
私はふぅ、と一つ呼吸を整えて刀を構え直す。その気配を感じ取ってか鬼も警戒するように身構えた。

遅いけどね。

「は…?」

その鬼が気付いた時にはもう全てが終わっていた。私の一撃が鬼の首を切り落としていて鬼の体はどんどん消滅していく。斬られた鬼は信じられないと言った風に叫んだ。

「鬼狩りめ!!お前らはいつも俺達の邪魔をする!!死ね!惨めに死ね!!」

斬った鬼は大体このように呪詛を吐いて消滅していく。前世では元は人であった鬼だが、今世では人の怨念が集まり鬼の形を象り人を襲うと言われている。だから、人の感情が行き交うイベントが多い時期は私達鬼狩りは忙しく善逸もあのようにぼやいていたのだ。どの時代も難儀なものだな、と息を整えながら刀を納めてスマホを手に取る。

いつもなら襲われている一般人を保護したら声をかけるか、それこそ稀血なら保護をしなければならないのだけれど例外がある。「知り合いであること」だ。私達は正体がバレてはいけない。だから知り合いを救助した場合は他の人を呼ばなければいけない。炭治郎と私は思い切り知り合いだし、善逸も呼べない。となると──

「斎藤、先輩…?」

後ろから聞こえた声に、スマホを打つ手が止まった。


***


匂いがした。確かに。この匂いを俺は知っている。だから、

「斎藤、先輩…?」

そう声をかけてしまった。
俺はつい先程まで見たこともないような奴に襲われていて、この人は俺を助けてくれた。何故斎藤先輩だと思ったのかというと湿布の匂いがしたから、なのだ。

いやでも、良く考えたら湿布なんて何処にでも売っているし斎藤先輩以外にも利用している人は沢山いるはずだ。だけど、よく嗅ぎ慣れてしまったその匂いに俺は目の前の人を斎藤先輩ではないか、と疑っている。
この人は刀を持っていて、あのよく分からない奴を斬ってしまった。それがいつも優しげに微笑む斎藤先輩と結びつくかと言われればそれは…

「あっ…!」

その人は一度も振り返らずに壁を伝ってあっという間に姿を消してしまった。に、人間業じゃないぞ…!?
ふと、あの人がいた場所に血痕が残っていることに気付く。

『俺の一撃をモロに喰らっちまってお粗末なもんだな!』

あの時、奴はそう言っていた。
あの人は俺を庇って傷を負ってしまったのだろうか。もし斎藤先輩だったら、俺のせいで…?
そうだ、斎藤先輩はいつも色んなところに怪我をしていた。もしかしてずっと今日のような危険なことをしていたのだろうか?何故、何故先輩がこんなことを…!?

「こんばんは」
「え?」

いつの間にか路地裏の先に綺麗な女の人が立っていて俺に向かって声をかけてくる。優しげに笑顔で笑いかける彼女によく分からないけれどこんばんは。と返せばにっこりと可愛らしく微笑んでくれた。

「初めまして。私は胡蝶しのぶと申します。先程は災難でしたね。家まで送り届けますので案内して貰っても良いですか?」
「え?えっと…?」
「私は貴方を助けた方の仲間ですので安心してください」

案内してもらえますか?と胡蝶と名乗った人に優しげに微笑まれる。

「あ、あの…俺は竈門炭治郎といいます。さっきのは一体…俺を助けてくれた人は、その、」

斎藤先輩だったんですか?と聞こうとすれば胡蝶さんは首を横に振る。

「ごめんなさい。私からは何も言えない約束がありまして。でも、貴方のことは責任を持ってお家まで送り届けるので安心してくださいね、竈門炭治郎君」

優しげだが、どこか有無を言わせないように微笑む胡蝶さんに俺は聞きたかったことを飲み込んで家まで送ってもらうことにした。
家の前に到着すると今日会ったことは他言しないこと。夜はなるべく出歩かないこと。と胡蝶さんは俺に助言をして闇の中へ消えるように去ってしまった。

「炭治郎!遅かったわね、心配したのよ」
「お兄ちゃん、ごめんね!こんな遅くにお願いして…帰ってきてくれて良かった…」
「母さん、禰豆子…ごめん。心配かけて」

牛乳も買って来れず、帰りも遅くなった俺を家族は怒るわけでもなくとても心配してくれてあの時死ななくて良かったと心から思う。

(だけど…)

あれがもし、斎藤先輩なら。
あんな危険なことやめてほしい。先輩は一体何と戦っているんだ?
明日斎藤先輩に会ったらすぐに確認しようと心に誓い、俺はなかなか眠れない夜を過ごすのだった。



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