先輩は鼻が効くようになったらと言った。
どういうことだろう。確かに俺は人よりも匂いに敏感だけれど、それを先輩に話したことはない。試しに辺りの匂いを嗅いでみるけど特に変わった様子もなく…。俺の鼻を摘んだ先輩は本当に綺麗で、息をすることすら忘れてしまうほどに。

「俺、先輩のことが好きなんだ…」

優しくて、綺麗で。だけどいつもどこか寂しそうに笑う斎藤先輩。
見かける度に違うところに傷を負っていて、大丈夫だよと笑うけれど心配で堪らない。転んだというのは、多分嘘だ。先輩は俺を誤魔化そうとする時いつも笑って逃げようとする。
だけど、ただの後輩である俺が踏み込んで嫌われたら──

「お兄ちゃーん」

自分を呼ぶ声が聞こえ、立ち上がり部屋のドアを開けると声の主である禰豆子が立っている。

「禰豆子、どうしたんだ?」
「明日の朝食用の牛乳が切れちゃったんだけど、私もお母さんも手が離せなくて…こんな時間に申し訳ないんだけど、お兄ちゃん買いに行ってくれる?」
「ああ、いいぞ。行ってくるな」

外を見ると随分と暗くなっている。早めに行ってすぐに帰ってくることにしよう。
俺は上着を羽織り最寄りのコンビニまで向かうことにした。


***


「さっむ」

吐く息が白い。夏の任務も嫌いだけど冬の任務は本当に辛い。特に鬼が確認されるまでの待機時間は凍死するんじゃないかというくらい寒い。
手持ち無沙汰の私はその場で足踏みをしながら街を見下ろす。
私達鬼狩りはこの廃ビルの屋上で鬼の確認を待つ。そして連絡が届いたらその場に駆け付け鬼を斬るのが一連の流れだ。
連絡が速かったり多かったりする日もあれば、遅く少ない日もある。鬼の出現には主に人間の「感情」が関わっているそうだ。

「そろそろクリスマスかぁ。こういう人が賑わう時期は鬼も活動的になるから嫌なんだよ俺」

善逸が街を見下ろしながらはぁ、と溜息を吐く。
その意見には全く同意で。

「同感。なかなか人も帰らないから良い獲物になるしね」
「しかもさぁ、この時期って人間の不満が溜まるから鬼がよく出るじゃん?勘弁してくれよぉ」
「善逸も余計な怨念出さないでよ」
「失礼な!出しませんよ!」

そんなことを話していると装備しているイヤホンにザザッという雑音が入る。お出ましか。

『──聞こえますか?B地区に鬼と人の反応を確認しました。至急救援に向かってください』

いつものように鬼の確認が確認され連絡が入る。ただし、今日はいつもより状況が悪い。

「げ、人もいるんだ。了解」

確認された鬼は既に人を襲っているらしい。それならすぐに向かわなければ。どうか私が到着するまで逃げ延びていてくれと願いながら私はフードを被り顔にはお面を付ける。
これが私達鬼狩りの正装だ。普通の生活もしている私達は万が一にも正体がバレてはいけない。鬼狩りというのは世間には認知されておらず、鬼という存在も普通の人には知られていなし、知られるべきではないからだ。

「気をつけろよ」
「うん。いってきます」

善逸に声をかけてB地区まで全速力で向かうのだった。


***



何が起きてるのか分からない。必死に走り続けるが「奴」は俺を逃すつもりはないようだ。

コンビニへ向かう途中、大きな物音がして振り返るとそこに奴は立っていた。人間とは思えない容姿に俺は嫌な予感がして一目散に走り出せば、そいつは俺を喜々として追いかけてきたのだ。
どれだけ走っても一向に撒くことが出来ず俺はひたすらに走り続けた。
肺が痛い、酸素が足りない。だけど、足を止めたら間違いなく──殺される。

「!? あ、」

だというのに、俺は足を止めるしかなかった。いつの間にか路地裏へと誘導されるように逃げていた俺の前には高い壁が立ち塞がっていたのだから。
どうしよう、どうすれば。そんな俺を嘲笑うかのように俺を追いかけ回した「奴」は楽しそうに声をかけてきた。

「へへへへ、鬼ごっこは終わりかぁ?」

俺を追いかけてきた奴が楽しそうな声を上げる。心臓の音がうるさい。悪寒が止まらない。はぁはぁ、と息を乱しながらもう一度その姿を見るとそれはやはり人間の姿ではなかった。
目が、四つある。口から出ている舌はあり得ないほど長いし肌の色だっておかしい。なんだ?なんなんだあれは?これは、夢か?俺はただ、コンビニに牛乳を買いに行って家に帰ろうとしていただけなのに。

「へへへ!!!!」
「っ!」

信じられないことに奴は手を尋常ないほど俺に向けて伸ばしてきた。間一髪のところで体ごと倒れてその一撃を避けるが、頬を掠めてしまう。熱さと共に感じる痛みに嫌な汗が噴き出る。本当に、殺される。
奴は俺の血の付いた指をその長い舌でべろりと舐めた後、突然大声で楽しそうに笑い始めた。

「ハハハハハ!!やっぱり!お前!稀血だな!?ツイてるぜ!!お前を食えば俺は!もっと強くなれる!!」

何を言っているのか分からない。分かることは俺は、こいつに殺されるかもしれないということだ。
ふざけるな!俺には、俺には守りたい家族がいる。先輩にだって何も伝えてない。まだ何も出来ていないんだ…!
だけど、何が出来る?どうすればこの状況を打破出来る…!?

「死ね!!!!」

奴の両手が伸びて俺に迫ってくる。
逃げなければ 無理だ 駄目だ…!


「アァ!?」

奴の驚いたような叫び声が聞こえる。そして驚いているのは俺もだ。咄嗟に自分の身を両手で守ろうとしたその時。人が降ってきたのだ。真っ黒なパーカーに身を包んだ誰かが俺の前に立っている。──刀を持って。

「鬼狩りか!?」

奴がそういうと俺の前に立っているその人は何も言わず刀を構え直す。

「ハハハハハ!鬼狩りといえど俺の一撃をモロに喰らっちまってお粗末なもんだな!」

その言葉に目の前の人を見る。真っ黒なパーカーに長ズボンを履いているせいで分からないけど確かに血の匂いがする気がする。それに、これは、

(え……?)

その匂いに俺は覚えがあった。



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