ある晴れた日の朝、俺は見知った後ろ姿を見つける俺は胸を高鳴らせながら彼女に走り寄る。

「斎藤先輩、おはようございます!」

そう声をかければ先輩はいつものように笑って挨拶を返してくれる。
斎藤先輩は冨岡先生に没収されてしまった耳飾りを内緒で取り返してくれた恩人だ。何度言っても耳飾りを外してこない俺に痺れを切らした冨岡先生はクラスまで出向いて耳飾りを没収してしまったのだ。元はといえば俺が悪いのだから仕方がないことだったけれど、父さんの形見である耳飾りを取られてしまった時は本当に悲しかった。

『こんにちは』

そんな俺に優しげに声をかけて耳飾りを返してくれたのが斎藤先輩だった。

『え、こ、これ。どうしたんですか』
『冨岡先生から取ってきちゃった』

もう取られないようにね、と立ち去ってしまう斎藤先輩に俺は声をかけ名前を聞いた後どうしてこの耳飾りが俺のものだと分かったのかと問うと、

『その耳飾り、よく似合ってると思ってたから』

笑顔でそう言い立ち去る斎藤先輩を見送りながら暫く俺はそこを動くことが出来なかった。



「斎藤先輩、手どうしたんですか!?」
「え?」

手に巻いてある包帯を見つけてそう言えば斎藤先輩はあはは、と困ったように笑う。

「転んじゃって」
「またですか…?」

斎藤先輩はよく怪我をしている。俺は人より少し鼻がいい。そのため斎藤先輩からよく消毒液のような湿布のような匂いがするのが気になっていた。斎藤先輩はとても優しい良い匂いをさせているのに、その匂いを嗅げるのが少ないほどいつも怪我をしているように思える。

「ねー、ドジだよねぇ」
「先輩、本当は何か困っていることとかあったりしますか?」
「え、ないよ?」

即答でそう言われてしまえば返す言葉がない。心配そうにする俺に斎藤先輩はやっぱり優しく笑いかけるのだった。


***


「あの先輩、DVの彼氏がいるんじゃないかって噂だぞ?」
「DV!?か、彼氏!?ご、ごほっ、…!」

同級生である玄弥の言葉に盛大に咽せてしまう。おいおい大丈夫かよと玄弥が背中を摩ってくれるがそれどころではない。いや確かに、確かにだな。言われてみればその可能性はなくはない。斎藤先輩はとても可愛らしいし優しいし、彼氏がいても…おかしく……ない…だろう。
いやでも!その相手がDVをするような輩なら我慢ならない。せめて、幸せになってほしい。…せめてってなんだ?何に対してのせめてなんだ?

「よく怪我をしているだろ?でも理由は誰も知らないらしくてさ。それでそんな噂があるらしいぜ」
「そ、そうなのか…」
「炭治郎は仲良くしてるみたいだけど、やっぱり知らないのか?」
「……ああ」
「あ、でも。彼氏かもって噂されてる人なら知ってるぞ」
「だ、誰だ!?」
「風紀委員の我妻先輩」


***


「っていう噂がたってるの知ってます?」
「あは、面白いね」
「いや何も面白くないからね!?なんで俺がDV彼氏だと思われてんの!?女の子がますます俺を敬遠するようになってるんですけど!ていうかそもそも俺と凛は付き合ってねーし!」

屋上でいつも通り二人で昼食を取っていれば善逸はそれはもう涙目で金色の頭を振り乱しながら叫んだ。正直申し訳ないなとは思うけれど根も歯もない噂がたっているのは私のせいではないし何より内容が面白い。
【我妻と斎藤が付き合っていて我妻は斎藤にDVをしている】だそうだ。一体どこからそんな噂がたったのかは知らないけど目の前にいる男は少なくとも女性に手を上げるような男ではないのに。皆見る目がないなぁと思うのと同時になんで私達なんかを気にするんだろうと不思議でしかない。

私と善逸には前世の記憶がある。細かく言えば私達だけではないのだけれど。そしてこの現世にも「鬼」が存在している。いや、鬼と呼ばれるものと言ったほうが良いのだろうか。昔とは違いソレは私達のような前世の記憶を持っている者か、ソレに狙われやすい「稀血」の持ち主にしか見ることが出来ない。今で言うお化けみたいなものだ。それを狩るのが私達「鬼狩り」の仕事。認知もされていないしバレないよう普段の生活もしているのだけど私は善逸より実力がないためよく怪我を負ってしまう。その怪我が原因でこんな噂をたてられているのだから善逸には申し訳ない。申し訳ないけど内容が面白すぎるのでもう少し放っておいてもいいかな。

「なんで凛も否定しないわけ?え、もしかして俺のこと…?」
「え?それはないよ」
「一刀両断!?ならせめて火消しくらいしてくれよお!」
「そのうち皆興味なくすでしょ」
「いやまあ確かにそうだけどさ?俺の青春の学園生活が……」
「さて、次は移動教室だからそろそろ戻るね」

メソメソとする善逸を置いて屋上を去る。…今度誰かに聞かれたらそろそろちゃんと否定しようかな。そんなことを考えながら廊下を歩いていると

「斎藤先輩!」

聞き覚えのある声で名前を呼ばれた。


***


複雑そうな顔でこちらに歩み寄ってくるのは私達の一つ下の学年の竈門炭治郎だ。そして、前世では私の恋人でもあり共に戦った仲間であった。ただ、彼はそのことを一切覚えていない。記憶持ちではなかったのだ。本当のことを言えば前世の恋人が何もかも忘れていてしまったのは悲しかったけれど私達の生きた時代はあまりにも残酷だった。それなら覚えていないほうがいいと諦めた、のに。

炭治郎の姿を眺めているだけで幸せだった。毎朝早く登校して窓から炭治郎の姿を見るのが日課になっていた。…今世ではまだ知り合いでもないのにね。風紀委員である善逸は炭治郎と知り合ったらしい。

「完璧にあの炭治郎だよ。見た目もさることながら中身もまんま。記憶がないだけでね」

寂しそうにそう言う善逸の目にもまた、寂しそうな私が写ったのだろう。私達はあの時代にまるで取り残されてしまったような感覚に陥る。善逸がいなければもっと辛かっただろう。お互いがお互いの寂しさを紛らわせるために一緒にいることが多くなるのは必然だった。
そしてあの日。炭治郎の大切な耳飾りが冨岡先生に没収されたのを聞いて私はすぐに取り返しに行った。冨岡先生にも記憶がない。だからその耳飾りがどれだけ炭治郎にとって大切なものか知らないのだ。だけど私は知っているから。冨岡先生に事情を説明してよく言い聞かすのでと交渉をして耳飾りを取り返し、炭治郎の元へと向かった。炭治郎からしてみれば初対面である私にいきなり耳飾りを返されたら不気味でしかないだろう。それでもすぐにこの耳飾りを彼に返したくて炭治郎の元へ向かえば善逸が言った通り炭治郎は昔のままで、そして全く記憶を持っていなかった。
その日から前世の名残りなのかはわからないけど何故か思った以上に懐かれてしまい、炭治郎と話せるのは私も嬉しいしまあいいか…とずるずると先輩後輩という関係を続けている。


「あ、あの…俺……」
「? どうしたの」

斎藤先輩は探して走り回り、やっと見つけたと喜び声をかけたもののなんと言えばいいのか。いやそもそも、俺は何を喜んでいるのか。斎藤先輩に聞かなければいけないことがあって彼女を探していたのだ。そう、俺は斎藤先輩に聞かなければならない。

「あの、我妻先輩と付き合ってるんですか!」

………。
…………っ!?
違うそうじゃないだろう炭治郎!俺はその、確かに我妻先輩と付き合っているのかも気になってはいたけどそうではなくて、誰かに暴力を振るわれてないかを聞きたかっただけで決してそんな、やましい気持ちがあったわけじゃ…

「付き合ってないよ?」
「え! 本当ですか!」
「うん。ちなみにDVにもあってません〜」
「えっ」
「噂聞いたんでしょ?嘘だよあれ」

一つ下の学年の炭治郎にまで噂が行き渡ってるとなるといよいよまずい。主に善逸の青春とやらが。これからはちゃんと否定しようと心に決めじゃあね。と炭治郎に手を振って背を向けると「待ってください」と言う声が聞こえた。

「あの、俺、違うんです。我妻先輩がそんなことする人だとは全く思ってなくて」

申し訳なさそうに炭治郎が言う。今の言葉はそのまま善逸に教えてあげよう。きっと泣くほど喜ぶと思うから。

「ただ、斎藤先輩が誰かと付き合ってないかが気になって」

………うん?

「あ、怪我のことも勿論気にしてます!斎藤先輩には怪我をしてほしくないし健康でいてほしいと思っているので!」
「なんで?」
「え? だって健康が一番だと思いますし怪我も─」
「そっちじゃなくて。なんで私が誰かと付き合ってるか気になるの?」

そう言うと炭治郎は目をぱちくりとした後、みるみる顔を赤くしていく。その様子はなんというか、あまりにも可愛らしい。前世の記憶があるせいで炭治郎との今世の年齢は一つしか違わないのに年相応の炭治郎はあの頃よりとても幼く、そして可愛らしく見えてしまうのだ。
そしてさっきの言葉に真っ赤になった顔。これは少しくらい自惚れてもいいと思うんだ。

「お、俺…!」

だけどからかうのもここまで。
今世でも鬼狩りをしている私や善逸に記憶のない炭治郎を巻き込むわけにはいかない。私も善逸も物心がついていた頃から前世の記憶があったけれど、何をきっかけに記憶が残るかは分からないから炭治郎には必要以上に近寄らないほうがいい。今の「先輩後輩」というくらいの距離感が丁度良いのだろう。
顔を真っ赤にした炭治郎の鼻をぎゅ、と摘むと炭治郎は驚いたような顔をする。

「はい、ここまで。鼻がもっと効くようになったらその先は聞いてあげる」

私の言葉に炭治郎はよく分からないといった風に首を傾げる。それと同時に予鈴のベルが鳴り響いた。

「ほらほら、早く教室に戻りなさい」
「斎藤先輩、今のは…」
「またね、竈門君」

炭治郎が何が言いたそうにするのを無理矢理遮って教室へと戻る。
今のは意地悪だった。記憶のない炭治郎には何のことか全く分からないだろう。だけど私は覚えていて、炭治郎は忘れてしまっているのだから。これはただの八つ当たり。過去を忘れてしまって、何も悪くない炭治郎へのただの嫌がらせだった。

「私も忘れていたかったなー」

そうすれば今世でも何も考えず、炭治郎に恋をすることが出来たのにね。




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