目を覚ますとそこには見慣れた本部の救護室の景色が広がっている。
うつ伏せに寝かされていたらしく動こうとすると背中に激痛が走る為起き上がることを断念した。
私は…えっと。どうしてここにいるんだっけ。
ぼんやりとした頭をなんとか働かせようとすると扉が開いて2人の人物が私に駆け寄って来た。

「凛!目が覚めたのか!?」

目線を合わせるようにしゃがみ込んで私の顔を覗き込むのは炭治郎だ。一緒にいるのは善逸で…そうだ、炭治郎!

「炭治郎!無事で……いっ…!」
「ああ!動かないでくれ、凛はまだ傷が塞がっていないんだ」
「…?炭治郎、なんで名前…?」

無事で良かったと思うのと同時に違和感を覚える。炭治郎は私のことを「斎藤先輩」と呼んでいたはずだ。だけど、今目の前にいる炭治郎は私のことを「凛」と呼び、纏う雰囲気はまるで……

「………嘘」

私のその声に炭治郎はとても優しく微笑む。

「凛。待たせてしまって本当にごめん。全部思い出したよ。鬼のこと、呼吸のこと…凛のこと」

その言葉にぼろぼろと涙が溢れる。
炭治郎が、思い出してくれた。
それは嬉しくて、悲しくて。だって、忘れたままの方がきっと炭治郎は幸せな生活を送れていたと思うから。鬼のことも前世のことも全て忘れて、普通の人としての生活をこの間まで送っていたのに。
私のせいかなぁ。私が炭治郎に関わるようになって思い出させてしまったのかな。それはとても申し訳ないことなのに、こんなにも喜んでいる自分がいるのも事実で、許せない。

「なんで、思い出しちゃうの……」
「凛?」
「た、炭治郎は…何も思い出さないで、今世では…幸せに暮らして欲しかったのに…」

ぐずぐず、と涙を流す私の手を炭治郎は優しく包み込むように握りしめる。

「俺は思い出せて嬉しいよ、凛。正直、記憶が戻ってない時も凛や善逸に会う度にモヤがかかったような懐かしさを感じていて…それが何か分からなくて歯痒かったんだ。だけどな、凛」

炭治郎が恥ずかしそうに笑う。

「記憶がなくても、俺はまた凛に惚れたんだな」

その炭治郎の言葉に呆気に取られ、ふふっとつい笑ってしまう。

「…ばか」
「凛のためならいくらでも馬鹿になるよ」

「…おふたりさーん?俺のこと忘れてなぁい?」

善逸の声にハッとするが炭治郎は特に驚いた様子もなく「忘れてないぞ!」と楽しそうに言う。
善逸もそんな炭治郎を嬉しそうな顔で見守っていて、本当に昔の炭治郎が戻ってきたのだと実感させられた。


***


「はぁ、はぁ……っ、は、はっ……」

滝のような汗を流し、炭治郎が膝をつきながら息を整えようと呼吸を繰り返す。
あれから炭治郎は呼吸を使いこなすべく訓練を続けていた。
最初は私と二人で基礎体力の向上や鬼狩りについての基礎。そして知識の確認を行った。
炭治郎は本当に綺麗に記憶を思い出していたため、知識の確認はスムーズに終わることができ、鬼狩りについても理解が早かったためすぐに基礎体力の向上へと移ることが出来た。
基礎体力は元々運動神経が良いこともあって、そこに更に全集中の呼吸を再び会得するよう訓練をしたのだがこれも一月も経たずに会得してしまった。大変優秀である。

「まだまだ、凛や善逸に1日でも早く追いつきたいからな」

なんて言っていたくせに、半年後には私では相手にならないほど炭治郎は強くなっていた。
このまま私と訓練していても伸び代が悪くなるだけだろう。そう思い善逸に相談すると、善逸はならあの人が最適なんじゃないか?と彼に連絡を取ってくれて今に至るのだが……

「何だァ?もうおしまいかィ」

木刀を片手にその人──不死川実弥さんが炭治郎に声をかける。
不死川さんは本当に強い。前世でも強かったがその強さは今世でも全く衰えていない。稀血の持ち主ということもあってよく鬼に襲われるのだけど、自分すら餌にして全部退治してしまっているような人だ。間違いなく今世の鬼狩りでの最強は不死川さんだろう。
私は彼に打ち合いで勝てたことがないどころか、手加減をされても一本も取れない。善逸はその足の速さと奇襲で何回か一本を取ったことがあるけど善逸曰く「もう俺は不死川さんと打ち合いはしたくない!」とのこと。不死川さん、体力お化けだしね。

「そんなんで鬼狩りが勤まると思うなよ竈門。てめェでこの道を選んだんなら覚悟を決めろォ!」
「くっ……!」

炭治郎がまだ整わない息でなんとか立ち上がる。それを見て少しだけ不死川さんは嬉しそうに口元を緩めた。
言葉遣いこそ厳しいものの、不死川さんは優しい。
炭治郎に厳しく当たるのはきっと…前世では自分よりも早く死んだ炭治郎に怒っていて、もう死なせないように鍛え上げたいからこそだろう。
彼はそういう人だ。誰よりも厳しく、誰よりも仲間の命を重んじる。そんな彼だからこそ私達鬼狩りは彼に絶大な信頼を置いているのだ。

「いやいや、それにしても不死川さん…炭治郎に容赦なしだな」
「あ、善逸」
「わ、馬鹿!名前を呼ぶな!気付かれるだろうが…!」
「あァ!?我妻ァ!暇ならお前もこっちに来い!」
「あ゛ーーーー!!凛!恨むからな!?」

そんな善逸と不死川さんを交互に見た後、私と炭治郎はどちらともなく笑うのであった。


***


炭治郎が鬼狩りに加わってから一年。
たった一年という月日なのに炭治郎の成長は凄まじいもので今となってはトップクラスの強さを誇っている。前世の頃から「ヒノカミ神楽」は異例の強さを放っていたが今世でもそれは変わらず脅威の強さを誇っている。
不死川さんとの稽古も逃げ出すこともなく、暇さえあれば打ち合いをしていた炭治郎の実力はそれはもう凄いもので。今となっては私と打ち合いをしたとしても私は全く相手にならないだろう。

「生意気ー」
「? 何がだ?」
「優秀な炭治郎がですよ!」

今日も炭治郎は鬼をあっという間に一掃してしまい、炭治郎が加わってからの任務は楽なものだ。

「斎藤先輩の教えがいいですからね?」

意地悪な笑みを浮かべて炭治郎が言う。
鬼狩りのことや、基礎知識など。炭治郎に教え込んだのは私だし、一つ歳上の私を斎藤先輩と呼ぶのは間違ってはないんだけど、炭治郎は私を揶揄う時にわざと「斎藤先輩」と呼ぶのだからタチが悪い。

「ふーん?竈門君はお世辞が上手で?」

だから私もいつものように炭治郎、ではなく竈門君と呼ぶと炭治郎は少し物足りないように拗ねた顔をする。ごめんごめん、と頭を撫でると炭治郎は少しこそばゆそうに笑って私の手を取った。

「そういえば凛、」
「何?」
「俺は記憶が戻るのと同時に、あることも戻ったんだ」
「? あること?」
「今なら、凛の気持ちも嗅ぎとれてしまうよ」

その言葉にある日のことが思い出される。
そして、きっと炭治郎もずっと覚えていたんだ。あの叶うことがないと思っていた言葉を。

「鼻がもっと効くようになったら、聞いてくれるんだろ?」

炭治郎が嬉しそうに笑う。そして私もそんな炭治郎を愛おしげに見つめることしか出来ない。

「凛、好きだ。一等好きなんだ。前世も今世も、凛しか愛していない。俺の隣にずっといてほしい」

その言葉に感極まりそうになるのをぐっと堪えて笑顔を作り、炭治郎の鼻頭をちょん、と触る。

「よく効く鼻で、返事は分かってるんじゃないの?」
「凛の口から聞きたいんだ」

きっと炭治郎に私の気持ちはバレバレで。
それでも頬を染めて真剣な顔をしている炭治郎が愛おしくて堪らない。

「炭治郎。一等好きだよ。今度こそ、ずっと隣にいてください」

そう言うと炭治郎はとびきりの笑顔で私に優しく口付けをするのだった。








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