足をやられた。もう、立つことすら出来ない。
そんな私を鬼は見逃すはずもなく命を奪う一撃を私に向けて放ってくる。
ああ、死んだな。と思った瞬間。見覚えのある羽織が私の前に広がり鬼の一撃が彼の体を貫いた。
名前を呼んでも、やめて、死なないでと叫び続けても願いは届かなかった。彼は最後に私に「無事で良かった」と言い残してこの世を去ったのだ。


記憶が揺さぶられる。今、私の目の前には守りたかった背中が広がっていて鬼は彼を殺すために一撃を放った。
体中が悲鳴を上げるほど痛みは酷いが足は動く。大丈夫、死なせない。私は力を振り絞って立ち上がり目の前に立つ炭治郎に覆い被さるように抱きつき鬼の一撃を避けようとしたが、全てを避け切ることは出来ず背中を掠めるように鬼の一撃を喰らうことになった。

「あ゛ぅ、……っ」

あまりの衝撃に炭治郎を抱えたまま地面へと投げ出される。背中が痛く、…熱い。私は今どうなってるのだろう。

「斎藤先輩!!」

悲痛な声が聞こえる。炭治郎が顔を真っ青にして私のことを見ている。…ああ、私も前世ではこんな顔をして炭治郎を見ていたのかな。

「血が…!斎藤先輩、嫌だ!死なないで、死なないでください…!」

ぼろぼろと炭治郎は大きな目から涙を溢す。
…死ねないよなぁ、炭治郎を残して。なんとか呼吸で痛みを和らげようとしてみるけれど上手くいかない。だけど、立たなければ。まだ鬼がいる。このままでは炭治郎が殺されてしまう。

「たん、じろ」
「! 先輩、すぐに…すぐに病院に…!」
「怪我…してない?」
「…!俺はどこも怪我なんてしてません!早く病院に」

「ざまぁねぇなあ。鬼狩り。小僧、その鬼狩りを殺して俺に差し出せばお前は見逃してやるぞ?」

鬼が愉しそうに提案をしてくる。私を殺せば逃してやると。炭治郎は信じられないものを見るような目で鬼を睨みつけるがそれすら愉しそうに鬼は笑い続ける。
恐らく鬼は私達を逃すつもりはないだろう。それでも、余興だと言わんばかりの案に乗れば隙が出来るかもしれない。
……このままでは間違いなく2人とも死ぬ。それなら。

「炭治郎…」
「斎藤先輩、一緒に逃げましょう、俺が背負いますから…!」
「私の刀、使っていいから…」

その言葉に炭治郎が目を見開く。私が何をして欲しいかを察したようで炭治郎はぶんぶんと首を左右に振るけれど、私は残った力で刀を炭治郎に差し出す。

「嫌です!出来ません…!絶対に…嫌だ!」
「お願い、だから。ね?」
「斎藤先輩、俺は……っ」
「炭治郎が無事で、良かった」

だからこのまま生きてほしいと願えば炭治郎は目を見開いて刀を受け取ってくれる。あの時、炭治郎が私に無事で良かったと言って亡くなった気持ちが今なら分かる。大切な人を守りきれた人生に悔いはない。
欲を言えば、もうちょっとだけ今世でも炭治郎と仲良くしたかったな。冷たくしちゃってごめんね。ここで私を殺して、なんとか生き延びて、善逸達に保護してもらってちゃんと幸せに暮らすんだよ。
その幸せに立ち会えないのだけ、寂しいなと思って目を閉じると涙が零れ落ちるのが分かりそのまま私は意識を手放した。


***


「お日様の神様みたいだね、炭治郎の型は」

俺の型を楽しそうに眺めていた凛が言う。
ヒノカミ神楽。父さんの神楽と水の呼吸を混ぜ合わせた型を俺は使用している。何故、父さんの踊っていた神楽が呼吸として使えるようになったのかは結局分からなかったけれど、凛はいつも神楽を見る度に好きだと。太陽のようだと言ってくれた。

「日の神様……ヒノカミ、神楽。炭治郎はそのうち神様になっちゃうのかな」

そう言って手を伸ばしてくる凛の手の指の一本一本を絡め取るように握っていくと、凛もそれに応えるようにぎゅう、と俺の手を握り返してくれる。

「でも、神様になんてならなくていいんだよ」

凛は俺を愛おしげに見つめる。
その目も、声も、仕草も。何もかもが愛おしい。

「隣にいてくれるだけで、いいの」

それだけを凛は願ってくれた。
俺は、その願いを結局叶えてやることが出来なかった。
自分の選択に悔いはない。あのまま凛を見殺しにすることなんて出来なかったから。

だけど我儘を言うのなら。
最期は凛の笑顔が見たかったな。


***


斎藤先輩から刀を受け取ると刀がその色を変えていく。夜の闇に紛れるような漆黒に。そう、俺は知っている。忘れていただけだったんだ、これの握り方も、使い方も。
刀を手にして凛の前へ立ち塞がれば愉しそうに笑っていた鬼の様子が一変する。

「…何だぁお前?まさか俺と戦うつもりか?」

ああ、そうだ。あれは鬼だ。俺が戦っていた鬼とは随分姿形が変わってしまったけれど人を多く殺した匂いは忘れない。

「そうだな。随分と、待たせてしまった」

俺がそう言うと鬼は気を悪くしたようにまた先程の一撃を放とうとしてくる。─遅いがな。

「ヒノカミ神楽 円舞一閃」

今世では初めて使った呼吸に鬼の首はあっという間に落ちた。鬼は信じられないものを見るような目で俺を見ながら恨み言を口にして消えていった。

「凛…!」

刀を納め凛の元へ駆けつけようとすると、彼女の側にはあの日俺を送り届けてくれた女性の姿があり、少しだけ安堵する。

「しのぶさん…!」
「竈門君。…記憶が戻ったんですか?」
「…はい!その、凛は大丈夫でしょうか…!?」

記憶が戻ったことよりも凛の安否が不安で堪らない。そんな俺を見てしのぶさんは優しげに微笑んでくれた。

「重傷ですが、命に別状はありません。血止めも使いましたし今から治療の為本部へ運びます」
「俺が運んで行きます!」
「そうですね。ですが竈門君、治療を受けるのは貴方もですよ」
「え ?」

しのぶさんの言葉に俺は気が抜けてしまったのか一気に倒れ込んでしまう。足や腕がガタガタと痙攣しているし。…これは、前世で鱗滝さんの鍛錬の時になった記憶があるぞ…

「鍛錬もしていない貴方が呼吸を使えばそうなるのは当然です。竈門君、記憶が戻り呼吸を使えるのならば貴方にも鬼狩りの一員になる資格があります。ですが、強制ではありません。治療の間どうするかを考え…」
「やります!俺は、凛を守りたいんです…!」

俺の言葉にしのぶさんはキョトン、とした顔をした後優しく微笑んでくれた。

「…そうですか。そうですね、貴方はずっとそういう人でしたね」
「…しのぶさん………っ、だ!?」

しのぶさんが笑顔のまま俺のガクガクと震えている太腿をぺちん!と叩く。少し叩かれただけなのにこの痛みは死ねるぞ…!?

「とりあえず竈門君も動けそうになさそうなので救援を呼びますね」

しのぶさんが連絡をする中、がくがくと震える手で凛の頬を触る。暖かくて、生きていることが確認出来た。良かった、本当に。そして…忘れてしまっていてごめん、凛。

「俺と同じ言葉を、言ってくれるんだな」

無事で良かったと。言われる側はあんなにも辛い思いをするなんて知らなかった。

「ごめんな…凛」

脳裏に過るのは、前世の凛と今世の凛。前世の凛はいつも幸せそうだったのに比べて、今世の凛はいつもどこか寂しそうだった。酷く待たせてしまったことが申し訳ない。

目を覚ましたら沢山話をしよう。
そう思うのと同時に体力が限界になり俺も眠るように意識を手放した。



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