今日の昼、善逸は気になることを言っていた。俺が夜に出歩かなければ斎藤先輩の仕事が減ると。
善逸に聞いた話はまるで違う世界のことのような話で、だけど俺を襲ってきた奴は明らかに人間ではなかった。あれが「鬼」なのだろう。
そして俺は稀血という特殊な血の持ち主らしく、鬼に襲われやすい。…だから夜は出歩くなと言うのは分かるけれど、どうしてそれが斎藤先輩の仕事の減少に繋がるんだ? 

「……まさか」

そんな、まさか。だけどそれしか思い当たらない。俺は少しだけ悩んで、心の中で善逸に謝って上着を手にしてこっそりと家を抜け出すことにした。


外に出ると人の気配はない。時間は23時過ぎを指していて都会でもない俺の家の周りは静まり返っていた。はぁ、と息を吐けば白く染まり外の寒さに少しだけ身震いをする。キョロキョロと辺りを見渡しても彼女の姿は見当たらない。俺の勘違いだったのだろうか。それなら、その方がいい。
そのまま俺は適当に足を動かして静まり返った夜の道を歩く。
陽が登っている時は賑わっている公園も、今は静まり返って誰もいない。少し強めの風が吹き肩を竦めながら振り返るとあの日と同じようにフードを被りお面をつけた人がそこに立っていた。

「……こんばんは、斎藤先輩」

俺の声に先輩は答えない。お面を外すこともなく、ただそこに立っている。だけどあれは斎藤先輩だ。あの日俺を助けてくれて、俺のお願いを聞いてやって来てくれた斎藤先輩で間違いない。

「やっぱり、斎藤先輩が俺のことを守っていたんですね」

善逸が口を滑らせた仕事が減る、というのはこのことだったのだろう。最近の斎藤先輩は顔色が悪く目の下には隈を作っていた。その理由がやっと分かった。斎藤先輩は夜の闇の中から俺をずっと守ってくれていたんだ。寝る時間すら惜しんで…

「竈門君、どうしたら諦めてくれる?」

お面を付けたまま、斎藤先輩の声で問われる。久々に俺に向けられて発せられた声に少しだけ嬉しさを覚えるが、その声はとても悲しげで俺はまだ先輩に受け入れられてないことが分かる。

「何をですか?」
「私のことを、だよ。一緒に戦ってほしくなんてないし、私のことを守りたいなんて迷惑。ハッキリ言って邪魔なの」

辛辣な物言いに悲しくなる。斎藤先輩はもう、俺と関わり合いたくないのだろうか。しつこくしていたから嫌われてしまったのかもしれない。だけど…

「なら、斎藤先輩も俺を守るのはやめてください」
「は…?」
「俺は、斎藤先輩が傷付くところを見たくない。そしてそれが俺を守ってるせいだなんて知って大人しく出来るわけがありません。先輩が俺に関わるなと言うのなら、先輩も……」

俺に関わらないでください、とはどうしても言えなかった。俺は斎藤先輩のことが好きでもっと沢山関わりたいと思っているから。こんなにも好きで、焦がれて。ただ怪我をしてほしくないと願うことがそんなに悪いことなのだろうか。
だけど斎藤先輩に命を救われたのも確かなことで、彼女が刀を振るう限り沢山の人が俺のように命を救われるのだろう。その度に彼女は傷付くのに……

「……炭治郎」

竈門君、ではなく炭治郎と斎藤先輩が俺を呼ぶ。どこか懐かしいその声に限界が来てぼろぼろと涙が溢れてしまう。情けない。俺には戦う力がなくて、こんな風に斎藤先輩を困らせることしか出来ない。俺に、俺に力があれば──

『お日様の神様みたいだね、炭治郎の型は』

ふと、懐かしい声が聞こえた気がした。


「炭治郎!」

名前を呼ばれハッと我に返った時には斎藤先輩に飛びつかれて二人とも地面に転がっていた。
凄い轟音と共にさっきまで俺の立っていた場所は地面が抉れていて何かに襲われたのは一目瞭然だった。

「…………っ」

斎藤先輩の苦しそうな声が聞こえる。黒い服でよく分からないけど俺に覆い被さっている斎藤先輩から俺の頬に血が落ちてくる。俺を庇った時にどこか怪我をしたんだ…!

「斎藤先輩!に、逃げてください…!」 

俺が叫ぶようにそう言うと少しだけ割れて欠けてしまったお面から先輩の片目だけが見えた。
斎藤先輩は俺を見て、少し優しげに目を細めた後すぐに「鬼」に向かって刀を抜いて走り抜ける。

「斎藤先輩!!」

俺がどれだけ叫んでも先輩は鬼に向かって刀を振り下ろす。あんな戦い、見たことがない。鬼と先輩は目で追いきれないほど早く攻防を繰り返し、俺の目では何が起こっているのか把握出来なかった。だけど、少しして斎藤先輩が鬼の一撃を喰らい体ごと弾き飛ばされてしまう。

「───っ!」

気付いた時には駆け出していた。
竈門君、と言って笑ってくれた先輩。俺の大切な耳飾りを取り戻してくれていつも優しげに笑ってくれた斎藤先輩。怪我をしているのが気になって、だけどちゃんとしたことは教えてくれなくて。気付いた時には惚れていて…きっと初めて喋った時から惹かれていたんだと思う。そんな先輩が血を流して戦っているのを知って俺はどうしても放っておけなかった。自分に関わるなと避けていながらも俺を守り続けてくれた斎藤先輩。
そんな先輩が堪らなく愛おしくて、大好きなんだ。


「─や、」

斎藤先輩の前に立って両腕を広げる。俺に出来ることはこれくらいしかない。戦いを挑んでも一瞬で殺されるのがオチだろう。だったらせめて、貴女の盾にならせてほしい。鬼が愉しそうに笑い声を上げながら俺に目掛けて一撃を放つ。
大丈夫、俺が盾になれば斎藤先輩は助かる。やってくるであろう衝撃にぎゅっ、と目を瞑る。

「やめて!!!!」

聞いたことがないはずなのに、何故か聞き覚えのある悲痛な叫びと共に凄まじい衝撃が俺を襲った。



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