寒いなぁ、と。私は彼の家が見える位置に腰を下ろしてその家を見守っていた。
きっとこれから毎晩こうやって夜を過ごすのだろう。今夜は鬼の気配は感じない。毎日これなら良いのにな、と思いながら自分の体を抱きしめる。冬の待機は本当に辛い。陽が昇るまで毎晩となると少しだけ対策を考えなければならないな。

暫くそうしていると見守っていた家から一人の男の子が出てくる。こんな夜更けに出歩くなんて本当にどうかしてるよ。周囲を見渡しても人気はなく、鬼がいなくても普通に物騒だ。彼は足早に目的地を目指して走り出したので私も彼に見つからないよう建物を辿って彼の後を追いかけた。


そして人気のない路地裏で彼は足を止めた。
本当に、馬鹿。昨日殺されかけた場所によく戻って来れると思う。それくらい炭治郎にとって私と交わした約束は大切なものらしい。はぁ、と溜息をついて私は呼吸を駆使して建物から飛び降りた。
行きたくないけど、このまま放っておけば炭治郎は高確率で死ぬ。それでは本末転倒だ。今回は炭治郎の作戦勝ちということで私は観念して炭治郎の前へ姿を現した。

「来てくれたんですね。…斎藤先輩」

私は今、鬼狩りの格好をしている。
この格好をしていても、今夜ここに来るのは炭治郎のお願いを聞いた私しかいない。既に正体をバラしたようなものだ。フードを取りお面を外すと炭治郎がやっぱり…と眉を顰めて口にした。

「どうして、どうして斎藤先輩がこんな、こんな危ないことをしてるんですか?怪我だっていつもしてて、俺…っ」

炭治郎は本気で私のことを心配しているようで、泣きそうな顔でそう訴えかけてくる。
…ううん、違うな。今だけじゃない。私が怪我をしていると炭治郎はいつもいつも、飽きもせずに本当に私のことを心配してくれた。その優しさが嬉しくて、だけど怪我を減らすことの出来ない自分の不甲斐なさがいつも悔しかったっけ。

「竈門君。竈門君のお願いを聞いて私は今日ここへ来た。だから、今度は私のお願いを聞いてくれる?」
「お願い、ですか…?」
「うん。もう私には関わらないで欲しい。昨日と今日のことも忘れてなるべく夜は出歩かないようにして…そうすれば竈門君はいつもの生活に戻れるから」

私の言葉に炭治郎が目を思い切り見開く。
そして怒ったような顔をして炭治郎は叫ぶように私に迫ってきた。

「嫌です!俺は、忘れることなんて出来ない。いつも怪我をしていて、今日だって凄く痛そうに顔を歪めていた!斎藤先輩がどうしてこんなことをする必要があるんですか?」
「なら竈門君。私がこんなことをしていなければ、竈門君は昨日殺されてたね」

うっ、と炭治郎が悲しそうな顔をする。
そうだよ炭治郎。私は昨日炭治郎を助けれたことを誇りに思っている。鬼狩りをやっていて本当に良かったと心から思えたのは昨日が初めてだった。
炭治郎は優しいから、きっと私が鬼狩りをしていると分かれば止めてくると思った。だけどそれじゃあ駄目なんだよ。私が鬼狩りを辞めたら、炭治郎を守ることが出来ない。だけど、私に関わっている限り炭治郎はずっと私が鬼狩りをしていることを気にしてしまうでしょ?炭治郎はそういう人だから。
それは、やめてほしいの。

「そういうこと。私は強くはないからどうしても怪我はしてしまう。だけどそれは他の誰でもない自分のせいだし、この怪我と引き換えに救えた命が沢山ある。私は私で選んでこの仕事をしているのだから竈門君に何かを言われる筋合いはない」

突き放すような言葉に炭治郎が酷く辛そうな顔をする。だけどこれで良い。炭治郎、諦めて。そしてやっと手に入れた普通の日常へと戻ってほしい。今世では痛い思いも、苦労だってさせたくない。炭治郎が幸せそうに笑っているだけで私は幸せなのだから。
だというのに──

「なら、俺も斎藤先輩と一緒に戦いたいです」

炭治郎は一番言ってほしくない言葉を私へ放つ。

「斎藤先輩がこの仕事を続けると言うのなら、俺は先輩を守りたい」

真っ直ぐな瞳で言ってほしくない言葉をよくもまあ。

「竈門君」
「斎藤先輩、俺は…っ!」

炭治郎の言葉を遮るように私は言葉を続ける。

「迷惑だからもう私に話かけないで」

さよなら。と炭治郎を残してその場を去る。
炭治郎が私の名前を叫ぶように呼んでいるのが聞こえたけど私は一度も振り返ることなくその場を後にした。

(…念のため善逸に連絡をしておこう)

今日は鬼の気配は感じないとはいえ、帰り道を一人で帰らせるのは不安だ。だけど、とても見守れる心境じゃない。善逸に連絡するとすぐに「了解、近くにいるから任せて」と心強い連絡が返ってきたのでその言葉に甘えることにした。ぼたぼた、とスマホに大粒の水滴が落ちる。そこでやっと自分が泣いていることに気付いた。

「………っごめんね、…炭治郎……」

伸ばされた手を振り払ったのは私なのに、胸が潰れてしまうのではないかと思うほど痛かった。



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