最近、任務が立て込んでしまいなかなか凛の元へ行くことが出来なかったがなんとか一息つくことが出来そうだ。
彼女は元気だろうか、病が進行していないだろうか。最近は会いに行くと調子が良い時が多く色んな話をお互いにした。
俺は父上や千寿郎、そして母上のことを。彼女は両親や、旧友のことを。
寂しくないと言えば嘘になると彼女はよく言っていたが、現状を受け入れているとも口にしていた。凛は本当に強い。強さとは肉体に対してのみ使う言葉ではないのだろう。彼女や、そして母上を見て俺はそう確信している。

ふと、偶然通りかかった店の売り物に目を奪われた。綺麗な簪が並んでいる。そういえば、凛は風鈴を渡した時とても喜んでくれた。生きていて良かったと、涙を流してくれたのだ。

(また何かを渡したら喜んでくれるだろうか…)

そう思い簪に目を向けているとあれっ!と聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「煉獄さーん!こんなところでどうしたんですか?」

俺に声をかけてきたのは柱として共に戦っている甘露寺だ。丁度良い、甘露寺に少し指南をしてもらおう。

「甘露寺!女性とはどういったものを渡せば喜ぶと思う?」

その言葉に甘露寺がええ!っと大袈裟なほど驚いた声を出す。

「れ、煉獄さん、誰か好きな人でも出来たんですか!?」
「いや…? そういうわけではないのだが」

む?いやどちらなのだろう。
俺は彼女のことは好きだ。だが、甘露寺の言う好きとは恐らく「意中の相手」に向けるもののことを言っているのだろう。
俺は彼女のことを大切だとも思っているし時間が許すならば会いに行きたいとも思っている。
それは、何故?

「………?」
「煉獄さん?」
「…いや、彼女の喜んだ顔が見たくてな」
「そうなんですね!あ!この簪なんてどうですか?煉獄さんの瞳の色に似た飾りが付いていますよ」

甘露寺が指を差したのは太陽のような美しい色をした飾りの付いた簪だ。俺の瞳の色に似ているかどうか分からないが甘露寺は嘘を付かない。きっと彼女の目から見てこの飾りは俺の瞳の色に似ているのだろう。

「ならこれにしよう!ありがとう甘露寺!」

そう言うと甘露寺は喜んでもらえると良いですね!と笑顔で俺を送り出してくれた。



***



「凛!久し振りになってしまって申し訳ない!入るぞ」

凛の家の前まで着きそう声をかけて戸に手をかける。リーンという風鈴の音に少しだけ懐かしさを覚え──その奥から激しく咳き込む声が聞こえてきて俺はすぐに凛に駆け寄った。

「凛!大丈夫か!」

はぁはぁ、と胸を押さえながら凛は咳と吐血を繰り返す。布団も血に塗れてしまっているし顔色は真っ青で嫌な予感に息を呑む。

「きょ じゅろ…さん、?」

空な目で口から血を垂らしながら凛が俺の名前を呼ぶ。はぁはぁと肩で息をして咳き込む凛の背中を優しく撫でることしか出来ない自分が不甲斐ない。──まるで、母上に何も出来なかったあの時のようだ。
暫くして凛は意識を手放した。すぐに脈を確認すると弱々しいが脈はある、生きている。
その事実に安堵して俺は彼女を抱き抱え移動をさせ、布団を新しいものに取り替えてまたそこに彼女を寝かせて待つことにした。



「杏寿郎、さん……」

暫くして、凛は目を覚ましてくれた。
良かった、本当に。生きていてくれて良かった。

「目が覚めたか?今水を持って来るな」

そう言うと凛は弱々しく首を横に振る。
正気のない表情で俺を見つめ彼女は苦しそうに笑顔を作った。

「杏寿郎さん、今までありがとうございました。私は多分、もうすぐ死にます。だからもう、今日で終わりにしましょう」
「何を終わりにするんだ?」
「ここに通うことをです。杏寿郎さん、私にお母様を重ねてますよね? 大丈夫、お母様に杏寿郎さんの気持ちはちゃんと伝わってましたよ。私にもこれだけ伝わったのだから」

──凛の言う通り、俺は病弱な彼女に母上を重ねていた。
だからこそ、母上は幸せだったと言われた時は嬉しかった。…同じような状態の彼女に言われることで、俺は気付かないうちに救われていたのだ。
そして今、彼女はちゃんと伝わっていたと言ってくれた。母上に俺の気持ちはちゃんと伝えられただろうか。心の奥底にあった俺の未練を凛は大丈夫だと言ってくれたのだ。

「一つ、聞いても良いか?」
「どうぞ」
「凛は、もっと生きたかったと思うか?もし、病気にならなければと思うことはあったか?」

なんてことを聞いているのか、と思う。これは俺が母上に最後まで聞けなかったこと。
母上はもっと生きたかったですか。悔いはありませんか。そう叫びたかったけれど最後まで聞くことが出来なかった言葉。それを俺は目の前の病に蝕まれている凛に投げかけた。

「思います。だけど、私は私として生まれたことに後悔はありません。もっと生きたかったし、病気にもなりたくなかったけれどこれが私です。私は誰に否定されても私だけは自分の人生を否定しません」

その言葉に、俺はあまりの衝撃に目を見開いた。
母上も、目の間にいる凛も病に侵されていた。だけど彼女達は決して弱くはない。いや、俺はこんなにも強い女性に再び会えたことに感謝をするしかない。

「君は強いな、凛」
「杏寿郎さん…?」
「俺は、君ほど強くて尊い人に会えて幸せだ」

そう言って凛の手を優しく握り、持っていた簪を握らせる。

「…? これは?」
「俺からの贈り物だ。受け取ってくれるか?」
「こんな高価な物、私には必要ありません」
「俺が凛に貰ってほしいんだ。駄目か?」
「…」

少しの沈黙の後、凛が優しく微笑んだ。

「この簪の飾り、杏寿郎さんの瞳と同じ色をしているんですね」

甘露寺と同じことを言って彼女は嬉しそうに笑う。

「ありがとうございます。この簪を杏寿郎さんだと思って、大切にします」

ああ、俺はその笑顔が見たかった。
確かに凛と母上を重ねていた自覚はある。だけど、あの風鈴もこの簪も。他ではない凛のことを思って選んだ物だ。その心に嘘はない。だから、終わりにするなんて言わないでくれ。

「…これからも、通っていいだろうか?」

そう問えば凛は泣きそうな顔で笑う。

「物好きな人ですね」

凛は俺の渡した簪を大切そうに両手で握って俺の目を真っ直ぐに見た。

「じゃあ、私の最後の時までよろしくお願いします」

それは、避けようもない事実できっとそう遠くない未来に起こる出来事だ。
俺はまた、見送らなければならないのだろうか。
自分が大切だと思った人を。



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