リーン、と耳触りの良い音がする。
音がした方へ目を向けると綺麗な風鈴がいくつか並べられている。風が吹く度にそれは緩やかに揺れて綺麗な音を鳴らす。
そういえば彼女の家はいつも静かで少しだけ寂しげだったな。これを持って行ったら喜んでくれるだろうか。
凛に喜んでほしいと思い、俺は風鈴を一つ購入した。



***



「凛、起きているか?」
「杏寿郎さん、こんにちは」
「ああ、こんにちは!」

今日はいつもより調子が良く、上体を起こして過ごしていると杏寿郎さんが訪れてくれる。
体調も良いし、杏寿郎さんも来てくれるし今日は良い日だなと思いつい頬を緩ませると杏寿郎さんは「何か良いことでもあったのか?」と嬉しそうに聞いてくる。

「はい。杏寿郎さんが来てくれましたから」
「…そうか!会いに来た甲斐があったな」

にこっと眩しい笑顔を浮かべながら杏寿郎さんが腰を下ろす。本当ならお茶を出したりしたいのだが、最初の頃に杏寿郎さんに止められてしまったため私は杏寿郎さんに何もしてあげられない。それでも彼はここに足を運んでくれるのだ。嬉しくないわけがない。
ふと、杏寿郎さんが包みを持っているのに目がいく。

「杏寿郎さん、それは?」
「ん? ああ!これは凛にと思って」
「私に…?」

包みから取り出したのは綺麗な風鈴で、取り出す際にチリン、と心地いい音を鳴らす。

「綺麗な音を聴くと、心が和らぐと生前母も言っていたのを思い出してな」
「頂いても良いんですか、こんな…素敵な物を…」
「勿論だ!凛のために買ってきたんだ」
「私の……ために…」

ぽろ、と涙が溢れた。
杏寿郎さんが驚いた顔をしている。ありがとうって言わなければ。だけどぽろぽろと涙が止まらない。悲しいわけじゃないのに。…思えば、涙が出たのは両親が亡くなって以来で、止め方が分からない。そんな私の背中を杏寿郎さんは優しく撫でてくれる。
杏寿郎さんは何も言わない。だけど、私に触れている手は暖かくとても優しくて。言葉なんていらなかった。

「杏寿郎さん、」
「なんだ?」
「私、杏寿郎さんに出会った時、もうここで死んでもいいかなって、思ったんです」

「何か」に襲われ杏寿郎さんに助けられたあの日。彼が駆けつけてくれなかったら私は死んでいただろう。そして、私はそれでいいと思った。
苦しい病も、独りの夜も、もう嫌だった。
自死するつもりはなかったけれど、ここで襲われて殺されるならそれは仕方がないことだ。きっと両親も許してくれると。
だけど今、私は……

「でも、杏寿郎さんに会えて、私、死ななくて良かったって、生きてて良かったって、最近思えるんです」

彼と出会ってから私の人生は変わった。
私に会いにきてくれて、私の名前を呼んで、私のことを思ってくれる杏寿郎さん。
この世界に「私」と言う存在を認めてくれる人がいるのがこんなにも嬉しいことだなんて思わなかった。

「うむ!俺も君が生きていてくれて嬉しい、凛!」

そう言って杏寿郎さんは眩しいくらいの笑顔を私に向けた。



「風鈴はここでいいのか?ここだとあまり風が当たらないかもしれないが…」
「そこが良いです。そこなら、どんな時でも私の目に入るから」
「風鈴を見るのか?凛は面白いことを言うな!風鈴は音を楽しむものだぞ?」
「いいんです、いつでも見える方が…」

風鈴が目に入る度に杏寿郎さんのことを思い出して、独りじゃないって思えるから。
私が微笑むと杏寿郎さんは凛が良いならここにしよう!と風鈴を飾ってくれる。その際にリーンという音を鳴らす風鈴がとても愛おしく感じる。

「さて、俺はそろそろ戻るとしよう!凛、無理はせずに療養してくれ」
「ありがとうございます、杏寿郎さん。お気をつけて」

杏寿郎さんが戸へと向かうとリーンと綺麗な音がする。その音に私と杏寿郎さんは目を合わせてどちらともなく笑った。

「そうか、戸を開けると音を鳴らすんだな」
「杏寿郎さんが来たらすぐわかりますね」
「ああ、また音が鳴るのを楽しみに待っていてくれ!」
「…はい、楽しみに待ってますね」

風鈴の音が、貴方がやってきた合図。
その音を聴けるのを楽しみに、私は暫く風鈴を見つめていた。



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