母上は俺の前ではいつも強く優しい人だった。
病で弱っていっても母上の在り方は最後まで変わることはなく、母上は最後まで俺の尊敬する母上だったのだ。

『杏寿郎さんのお母様は幸せな方でしたね』

凛の言葉が蘇る。
母上と同じく病に侵された彼女は、母上と同じように強い女性だ。
あの日、偶然凛と出会い血を吐いた彼女を見て思い出したのは母上の姿。どうしても放っておくことが出来なくて暇を見つけては彼女の元へ通うようになった。
彼女は肺の病にかかっていると言っていたが、どんな病気かはちゃんと分かっていないらしい。両親も同じ病気にかかり町医者に診てもらったがその症状から病名を導き出せなかったそうだ。最初に父親が病にかかり、次に母親が同じ病にかかった。その病は伝染するのかもしれないと町人からは忌み嫌われ娘である凛共々必要最低限以外では町に来ないようにとこのような町外れに隔離されたとのことだ。

「俺が良い医者を紹介しよう」

そう提案してもやはり彼女は首を横に振った。
これ以上俺に迷惑をかけたくないと、来てくれるだけで十分だと凛は嬉しそうに言う。
彼女はもう、長く生きるつもりがないのだ。両親と同じ肺の病を抱えたまま自分の死を受け入れる気なのだろう。
俺はまた、何も出来ないのか。死にゆく人にただ声をかけることしか出来ない。母上の時もそうだった。時間が許す限り母上の元へ行き元気付けようと必死に駆け回っていたが、母上は日に日に弱りその生涯を閉じた。
母上は幸せだったのだろうか。俺は、母上に何か出来たのだろうか。そう思わない時はなかった。

『こんな優しい息子さんを持てて、幸せじゃないはずありません』

凛は曇りのない目でそう言ってくれた。
彼女は母上ではない。だけど、母上と同じような境遇の彼女がそう言ってくれている。
なら、もしかしたら。母上も幸せだったのかもしれないと思ってしまう。

「……優しいな、彼女は」

俺が励ますつもりが、いつの間にか俺が励まされてしまっている。やっぱり彼女はとても強く優しく、心根の綺麗な人だ。
…死んでほしくない。だが、彼女は死ぬだろう。
なら、少しでも多く会いに行くことがせめてもの……

俺は儚げに微笑む彼女の笑顔を思い出しながら次の任務へと向かうのだった。



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