意識が覚醒する。どうやら家に着くまで保たず気を失ってしまったらしい。
気を失う前よりは体調が戻っており、上体を起こすと私をここまで運んでくれた男の人が私へと視線を向ける。

「目が覚めたか? 勝手に家に上がってしまって申し訳ない!」
「…いえ、ここまで運んでくれてありがとうございます」

彼に会えていなかったら私は今日中に家まで帰れてはいなかっただろう。…いや、あの「何か」に襲われて死んでいたかもしれない。この人は命の恩人だ。きちんとお礼を言わなければ。

「あの、」
「そう言えばまだ名を名乗っていなかったな!」
「え?」
「俺は煉獄杏寿郎だ! 君は?」
「……斎藤凛です」
「斎藤凛か! 良い名だな」

とても真っ直ぐな瞳で私を見つめてくる。この人は誠実で優しい人なのだろう。誰かとこんな風に話すのは久々だった。皆、私が血を吐いてからは近くに寄ることもなくなったから。

「あの…助けて頂きありがとうございました」
「いや、人を助けるのは当然のことだ!」

腕を組みながら煉獄と名乗った男の人が言う。
人を助けるのは当然。そう口にし、言葉通り行動に移せるだけで凄いことなのだと私は知っている。
だって私はその「当然のこと」を出来ない人をたくさん見てきたから。

「時に斎藤さん。君は肺を患っていると言っていたが…ここに一人で暮らしているのか?」
「…はい」
「一人では苦労も多いだろう。俺の知り合いで良ければ君の面倒を見てくれる人が見つかるかもしれないが、そちらに移る気はないか?」

きっとこの人は善意で言ってくれている。確かにこの体でいつ発作が出るかも分からない病を抱えての一人暮らしは楽ではなかった。何も口に出来ない日もあれば、動くのすら辛い日だってある。彼の善意による提案に乗ればそんな苦労をしなくても済むかもしれない。
それは分かっているけれど私は首を横に振った。

「何故だ? 理由を聞いてもいいか?」
「この家は両親と一緒に過ごした最後の家です。私はここで、父と母と一緒に死にます」

私は死ぬ。それは避けようのない事実。
なら、死ぬ場所くらいは自分で決めたかった。



***



「……そうか」

床に伏せる姿、気丈な佇まい。
やはり彼女は母上を連想させる。最後の時まで俺達に優しく厳しく接してくれた母上。もし母上に同じように提案していたとしても首を縦には降らなかっただろう。
だけど、どうしても放っておけない。
これは単に俺の独りよがりの自己満足なのだと思う。それでも、命の火をまだ燃やしている彼女をこのまま一人きりにするのは気が引けた。

「なら、俺がここに通ってもいいだろうか?」
「え?」

彼女が驚いた表情をする。
俺自身も何故彼女を一人きりにするのにここまで気が引けるのかは分からなかった。だが、分からないのなら自分の心のままに行動すべきだ。

「すまないが俺も忙しい身でそんなに多くは通えないかもしれない。だが、時間を見つけては貴女に会いに来たい」
「…お見苦しいものを見せるかもしれませんよ」
「構わない」

そうですか…わかりましたと彼女は了承してくれた。俺はこの日から時間を見つけては彼女の元へ通うのであった。




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