夢を見ている。これはいつの夢だろう。

まだ両親が生きていた頃の夢?
いや違う、ああこれは。「彼」と初めて会った時の夢だ。
あの日はまだいつもより体調が良くて、昼に町まで薬を貰いに行ったのだ。けれど、帰り道の途中で発作が起こり体調が整うまで蹲っているうちに夜になってしまい、早く帰らなければと家の近くまできたところを何かに襲われた。

物凄い速さで体を抱き抱えられ「大丈夫か?」と声をかけられる。綺麗な目をした男の人だ。彼は私を下ろすとすぐに私を襲った何かに向かって走り出し一瞬のうちにその何かを退けてしまった。いや、もしかしたら相手は消えてしまったのかもしれない。それくらい、一瞬だったのだ。

男の人がもう一度私の近くまで来て未だに立てずにいる私に目線を合わせて「もう大丈夫だ、立てるか?」と聞いてくる。
これ以上迷惑をかけられない。私は震える足に力を入れ立とうとして──咳と共に血を吐き出した。

「大丈夫か!?」

酷く焦った声が聞こえる。
大丈夫だと、いつものことだと言わなければ。ごほっ、ごほっと一度出だした咳はなかなか止まらずその度に地面に血溜まりを作る。
男の人は私の背中に優しく手を当てて声かけてくれる。

「近くに町があっただろう。すぐに連れていくから安心してくれ」

そう言って立ち上がった男の人の言葉に私は血に塗れた手なんて関係なしに今出せる力を振り絞って男の人の羽織を握りしめた。白くて綺麗だった羽織に血を付けてしまって申し訳ない。だけど、

「やめてください」
「何故だ?」
「私は肺を患っていてもう、長くありません。両親も同じ病で亡くしました。町の人には移されたら困るから近寄るなと言われています」

大丈夫です、いつものことですから。と無理矢理笑顔を作ると男の人は何かを言いかけてその口を閉じ、再び私と目線を合わせるようにしゃがんでくれる。

「君の家はどこだろう」
「何故?」
「送り届けたい」

何故この人はそんなことを言うのだろう。
だけど目の前の彼の目はとても優しく暖かい色をさせている。…誰かとこんな風に目を合わせたのも随分久し振りな気がする。
少し迷いはしたけれど、家の場所を伝えると男の人は分かったと言って私のことを優しく抱き上げた。

「少し揺れるが我慢してくれ」

下ろしてくださいと言おうと思ったけれど、歩くのも辛いほど体調が悪い。初めて会った人に迷惑をかけるのは気が引けたけどこのまま家に送ってもらうことにするのだった。




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