足が軽い。胸が苦しくない。ふわふわと、心地が良い。試しに走ってみても全然疲れないしどこも痛くならなかった。

私の人生はお世辞にも恵まれたものではなかっただろう。
大好きだった両親を病で亡くし、自分もその病にかかってからは友人だった人達にも冷たくされるようになって。
血を吐いても、家で倒れても、誰も助けてくれない。それでも両親が大切にしてくれた命を粗末にするつもりはなくて命が続く限りは生に縋り付いた。

そしてあの日、一度は命を諦めかけたあの日。私は彼に出会った。
彼は優しく強く、少し寂しげな人だった。
一緒にいると幸せで、独りじゃないことを思い出させてくれた人。
杏寿郎さんが会いに来てくれる時だけ、私は生きていると実感が持てたのだ。


歩き続けていると綺麗な川が流れていて、その向こうに誰かが立っているのが見える。その相手が誰か分かると私は嬉しくて思わず頬が緩んでしまった。


私、ずっと帰りを待っていたんですよ?


そう言うとその人は少し困ったように、だけどいつものように優しく微笑んで両手を広げる。
私は走った。走ったのなんて何年振りだろう。川に足を踏み入れるとそれはとても暖かくて気持ちが良い。どんなに走っても体が軽くて、肺が苦しくない。
ねえ、杏寿郎さん。私、こんなに自由だよ。


彼の胸に飛び込めば暖かく抱きしめてくれる。
きっと私は貴方が好きだった。だけど、貴方を残してしまうのが辛くて最後まで口に出来なかった言葉がある。


「貴方を、愛おしいと思っています」


私の言葉に彼がいつものように元気よく答えてくれた気がした。







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