大きな声、優しい笑顔。
全部が私にとって特別で大切だった。彼に出会ってから私は孤独を忘れ、苦しい毎日だったけれど一筋の光が見えた気さえしていた。

目を覚ますと見慣れない天井が広がっている。
ここは、私は……?

「目が覚めたかい?」

聞いたことのある声が聞こえる。声がした方へ顔を向けると薬を調合してくれていた町医者と私の家へ…杏寿郎さんの遺言を届けに来てくれた少年が心配そうな顔で立っている。

「この少年が君を連れてここまで運んでくれたんだ」

嫌そうな顔で町医者が言う。

「目が覚めたならとっとと帰ってくれないか。移されたらたまったもんじゃない」

その言葉に少年が酷く驚いた顔をして口を開く。

「ちょっと!そんな言い方─!」
「いいの、ありがとう。すぐ、出て行きます」

少年の声を遮るようにそう言って私は言葉通りすぐに町医者の家を後にした。数歩歩いただけで胸が苦しくなり、その場に蹲って肩で息をする。
私は、もう……

「あ、あの…!」

私の後を追って来た少年が私の様子を見兼ねて声をかけてくる。

「俺の知り合いの医者のところへ行きましょう!きっと、きっとちゃんと診てくれます…!」

最初に会った時の杏寿郎さんのようなことをこの少年も言う。…ああ、杏寿郎さんがこの少年に遺言を託したのも分かる気がする。
私は少年の心遣いに感謝をしながらも首を横に振ると少年は悲しそうな表情を浮かべる。

「私の…家の場所、覚えてますか?」
「は、はい…」
「申し訳ありませんが、連れて行って…もらえませんか」



家に連れて行ってほしいとお願いをされ、俺は彼女をおぶさって家へと向かう。
あまりにも軽すぎるその体に察してしまう。この人は、もう…
家に到着して戸を開けるとリーンという綺麗な音が聞こえてくる。こんなところに風鈴が…?
そういえば最初に彼女が戸を開いた時にも風鈴の音が聞こえた気がする。
……気にはなったが今はそんなことを気にしている場合じゃない。俺は彼女を布団へと降ろしすぐ近くに腰を下ろした。

「…ありがとう。貴方も、杏寿郎さんも、とても優しかった。その優しさを誇りに、胸を張って生きてください」

もう、この人から生きている人の匂いがほとんどしない。きっともうすぐ……

「杏寿郎さん、私の方が長く生きるとは、思いませんでした」

最後まで貴方は私は翻弄しましたね。と彼女はとても優しく笑う。
……彼女の目に俺はもう写らないだろう。
煉獄さんと同じく胸を張って生きろという言葉を残した女性にお辞儀をして俺はその場を後にし、数日後。独り身であった彼女を隠の人にお願いして一緒に引き取りに来るのだった。


彼女は幸せそうな顔をして燃える炎のような色をした飾りの付いた簪を手に握り永い眠りについていた。



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