これが善逸の──の匂いなのかと初めて知った。

使いを頼まれた俺と善逸はすぐにそれを済ませて帰り道を歩いていた。疲れたよぉ、とかなんか食べていこうよ炭治郎とか。いつも通り善逸が駄々をこねる。他愛のない話をしながらそのまま歩いていると善逸の足がぴたりと止まった。

「善逸?」

聞こえなかったのか、善逸は返事をしない。
いや、善逸は耳が良い。俺の声が聞こえないということはありえないだろう。何か他のことに気を取られていない限りは。
善逸の目線の先には雪柱である斎藤さんがいた。善逸がここ一月ほどずっと会いたがっていた人だ。良かったな善逸、と思ったのも束の間。善逸からちりちりとした匂いを感じる。
斎藤さんは他の隊士と会話中で、楽しそうに笑っている。そして、その隊士からは明らかに恋慕の匂いがする。いや、匂いなんて嗅がなくても見れば分かる。彼は斎藤さんに惚れている。そして善逸はそれに対して──

「なるほど」

そう言って俺は善逸の背中をバシっと叩いた。

「な、何するんだよ炭治郎ぉ」
「善逸、頑張れ! 心のまま想いを口にすればきっと伝わる!」

俺がそう言うと善逸は俺が何を言いたいのか察したようで顔を赤らめた後、うひひと楽しそうに笑う。

「…ありがと、炭治郎。俺、行ってくる!」

そう言って善逸は斎藤さんの元へと駆けていく。
頑張れ、善逸。頑張れ!
あの匂いは間違いなく、善逸の嫉妬の匂い。善逸はあの隊士に嫉妬していたのだ。きっと善逸は斎藤さんのことが。

「頑張れ、善逸」

囁くような声で言ったがきっと善逸には聞こえるのだろう。
親友の恋が上手くいくよう俺は願うのだった。



***



隊士と凛の元へ駆け寄ると気付いてくれた凛が嬉しそうに俺の方へ視線を向けた。

「あ、善逸。ただいまー久し振りだね」

一月前と何も変わらない凛。音も態度も何一つ変わっていない。変わったのは、俺。

「俺を一月も放置するなんて酷いよ凛〜!!」
「わ、わっ!」

がばっと思い切り腰に抱きつくと凛は驚いたような声を出す。目の前の隊士もそんな俺に対して驚いたような顔と、不満げな音を鳴らす。
今までなら凛が誰かと喋っていたら邪魔する気になんてならなかった。凛には凛の世界があって、俺はそこに踏み込む権利はないから。
でもさ、今は少しだけ踏み込ませてほしいとも思ってるわけ。

『自分の心と決着を着けろ』
『心のまま想いを口にすればきっと伝わる』

全く、本当にお節介で良い人達に恵まれたもんだ。こんな俺でもさ、背中を押してくれる人達がいるんだ。だから俺はそれに応えたい。自信がないから。俺なんて。そうやって逃げてきたけど俺の心を信じてくれた人達のためにももう逃げるのは、やめだ。
ジロリと目の前の隊士を睨みつける。どっかに行けと威嚇すればその隊士は気を悪くしたように「ま、またな」と言ってその場を立ち去った。

「善逸どうしたの。そんなに寂しかった?可愛い奴め〜」

そう言って凛はよしよしと俺の頭を撫でてくれる。凛と一緒にいると癒されるし楽しくて、嬉しい。ずっと一緒にいたいと思うしずっと笑っていてほしいとも思う。だけどその笑顔を俺だけに向けてほしいとも思ってしまうんだ。
…うん、俺にもやっと分かったよ。
宇髄さん、炭治郎。背中を押してくれてありがとう。

「凛」

抱き着きながら上目遣いで凛を見る。なんだかこの体勢は初めて炭治郎に出会った時と似ているな。あの時もこうやって…違う女の子にだったけどこの言葉を口にしたんだ。

「俺と結婚してください」

だけどあの時とは全然違う。

「ふふ、だからそれは善逸が私のことを本気で─」
「うん。本気で好きなんだ。凛のこと」

そう、俺は凛のことが好きだ。本気で、心から。もう自分の気持ちを信じないのはやめだ。こんなにも愛おしくて、離れたくない。そんな気持ちになったのは凛に対してが初めてなんだ。これが恋じゃないっていうのなら俺は世間一般の恋なんてしなくていい。俺にとっては間違いなくこれが本気の恋なんだ。




「……え、うそ」
「ほ、ほんと!」

善逸の声が震えてる。顔も真っ赤だし抱きついてる手だって震わせて。
こ、これは。これは本気なのか。うそ、本気なのか善逸。
私は善逸が私に本気で惚れることなんて絶対にないと思っていた。だって善逸の告白は衝動的なもので、一時的なもの。私が好きじゃないと分かれば本当の恋をするために色んな女の人と関わっていくと思っていたから。

『善逸が本気でお前に惚れたらどうするんだ?』

天元君に言われたことを思い出す。あの時天元君にそう言われて私はないでしょ、と笑い飛ばした。まさかこんなことになるなんて。あの後私は天元君になんて言ったっけ?

「凛、俺、本気だよ」

善逸が顔を真っ赤にさせて言う。引っ付いているからか、善逸の鼓動の音までよく聞こえてくる。普通ではなくて、ドッドッとその鼓動は速く大きく音を鳴らしていて、どれほど善逸が本気か聞くまでもなかった。

「あー…んと、じゃあ…」

最初にいいよと言ったのは私だ。もしも善逸が私を本気で好きになったらと、そう約束したのは私。

「結婚しよっか?」
「う、うそ…!」
「ほんと!」

やったぁー!大切にするよ凛ー!と善逸は嬉しそうに抱きついてくる。まあ、善逸のことは嫌いじゃないし本気で私のことを好きだと言うのならその気持ちに応えるのも悪くない。

『その時は結婚しちゃおうかなぁ。約束したし』

でもまさか。天元君としたもしもの話が現実になるとは思っていなかったので人生どうなるかわからないものだなぁと思うのであった。




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