今日も会えなかったな、と溜息をつく。
凛と最後に会ったのは一月前だろうか。俺と一緒に甘味処でお茶をしている時に凛の鎹鴉がやってきて彼女を任務へと連れて行ってしまった。「行ってくるね」と言った彼女の笑顔が忘れられない。今日は帰ってくるかな、それとも明日かな。そんなことを考えて毎日を過ごすうちに一月が経ってしまったのだ。

『手紙を書いたらどうだ?』

炭治郎に相談すればそう言われ、俺の紙と筆を使ってもいいよといつもの優しい音で炭治郎が言ってくれたのでよし、と意気込んで筆をとったもののいざ手紙を書こうとすれば何を書いていいのか分からない。まだ帰ってこないの、とか。寂しい、とか。……我ながら自分勝手なことしか思い付かなくてくしゃくしゃと紙を丸めて屑篭へと捨ててしまった。
炭治郎に気を使わせてごめんと謝ろうと思い、炭治郎を探し歩いているとしのぶさんと出くわし「丁度良いところに」とお使いを頼まれてしまった。あんな綺麗な笑顔でお願いされたら断る男はいないと思う。

「宇髄さん、いますかー?」

お使いとは宇髄さんの屋敷へ頼まれていた薬を届けてほしいという内容で俺は宇髄さんの屋敷に着くなり戸を叩いて声をかける。そうすると次第に足音が近づいて来て戸がガラリと開けられた。

「あ? 善逸じゃねーか。久しいな」
「どうも、はい。これしのぶさんからです」
「ん、ああ。お前が使いで来たのか。まあ上がってけよ」
「え?」

何で?
そんな俺の疑問を口にするよりも先に宇髄さんの手が俺を掴みずるずると屋敷の中へと連れられるのだった。



***



宇髄さんとの話は本当に他愛のないもので、竈門や嘴平は元気かとか。お前は最近どうなんだとか。主に俺達の近況を聞かれた。遊郭での一件以来柱としては一線を退いた宇髄さんとは柱稽古以来ちゃんと話すのは本当に久し振りでなんだかんだ俺達のことを気にかけてくれていたんだなと少し嬉しくなる。

「お前、俺以外にあれから誰か柱と共闘したか?」
「えっと、雪柱となら…」

駆けつけた凛が一瞬で鬼を斬ってしまったため共闘と言っていいのかは分からないけど。
すると宇髄さんは楽しそうに笑った。

「凛か!面白い奴だろあいつ」

宇髄さんが楽しそうな音をさせる。

「話していて嫌味がないし、実力は文句なし。柱の中でもかなり親しみやすいからお前も楽だっただろ」
「………まぁ、そうですね」

宇髄さんは何も悪いことを言っていない。
凛のことだって褒めてるし、お前も楽だったろと俺のことまで気にかけてくれてる。
だけどなんか、仕方がないんだけどさぁ。宇髄さんのほうがそりゃあ俺よりも凛との付き合いは長いと思うし一緒に過ごした時間も多いんだろう。だから凛のことを俺よりも知ってても当然だと思うよ。分かってるんだよ、俺だってそんなことは。
もやもやする気持ちを宥めるように出されていたお茶を一気に啜る。

「なんだお前、凛に惚れてんのか?」
「ぶふーーーーっ!!!!」

そしてそれを全部吹き出した。

「な、なななななにを!アンタ!なにを!言ってやがりますか!?」
「は? 俺が凛の話をした途端にあんだけ不機嫌になれば誰でも分かるだろうが」
「え、俺不機嫌になってた…?」
「すっげーーーなってた」

宇髄さんにそう言われてどんどん顔に熱が溜まるのが分かる。嘘でしょ、確かに宇髄さんが凛のことを話すとちょっと…いやかなり、面白くないなぁとは感じていたけど。これが惚れてるってことなわけ…?
自分の気持ちに自信が持てない。最近、凛と一緒にいると楽しかったり会えないと寂しかったりはしたけどそれは今、凛と一番仲が良いからなのかもしれない。

「う、宇髄さんはさ」
「おう」
「お嫁さん達のことちゃんと好き?」
「は? 好きに決まってるだろ」
「それって、どうしたら分かるの?」

だって俺は、本気で好きって気持ちがどういうものなのか分からないから。

『君が私のことを本気で好きになったらね』

あの時は凛はどうしてそんなことを言うんだろうとよく分からなかったけど、こういうことだったんだ。
俺は、炭治郎や伊之助、禰豆子ちゃんのことは勿論好きだし宇髄さんやしのぶさんのことも大切だと思ってる。きっとこの気持ちも本気で好き…なのだと思う。
だけど凛に抱いてる気持ちだけは、皆と違う。笑っていてほしいとも思うし喜んでほしいとも思う。だけどその過程に全部自分が関わっていたいと思ってしまうんだ。

「おい、善逸」

宇髄さんに名前を呼ばれはっ、と我に返る。
宇髄さんは馬鹿にすることも呆れてることもなく静かな声で俺に問う。

「お前は誰かに言われて人を好きになるのか?」
「え?」
「俺がこうだと言えば、お前は誰かに惚れるのか?」
「それ、は」

あり得ない。宇髄さんの言葉だからって好きでもない人を突然の好きになることなんてあるわけがない。
……でも凛なら?

「まあ、俺から言わせればな善逸」

びしっと指を指される。

「誰かのことを四六時中考えるようになった時点でお前はもうそいつの虜になってんだよ。あとは自分の心と決着を着けろ」

宇髄さんの言う誰か、と言う言葉で頭の中に浮かんだのはやっぱり凛の姿だった。




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