うーん、参った。
先日蜜璃と話していた時にあそこの小間物屋には良いものが沢山置いてあると言われ地図を書いてもらったのだけど、ここはどこ?
試しに地図の上下を入れ替えてみるけど…うん、分からない。
というか帰り道すら分からないんだけどもしかしなくても迷った?また?
参ったなぁ。今日は鎹鴉も近くにいないみたいだし本格的な迷子だ。

「あれ、凛?」

うーんと頭を捻っているとつい最近聞いた声で名前を呼ばれる。
派手な金色の髪に少し幼い顔立ちの少年。我妻善逸と名乗った彼だ。

「あ、善逸。任務ぶりー」
「こ、こんにちは!えと、…いい天気ですね」
「そうだねー、でもなんでそんな畏まってるの?」

うっ、と善逸が気まずそうに目を逸らす。
よく分からないけど彼の印象は元気でちょっとうるさくてあと─

「あ!そっかそっか、そう言えば君私に結婚してとか言ってたね」
「忘れてたんかい!?」
「あはは、覚えてる覚えてる。思い出したよ」

いやーだからそんなに畏まってたのかと一人で納得する。
色んな隊士と毎日入れ替わりで会うため全員の顔を把握してる訳ではないのだけど、善逸は綺麗な髪色をしているし、いきなり結婚してくれと言ってきたためよく覚えていた。いやちょっとは忘れていたけど思い出せたから良しということで。
一方善逸は「俺の悩みって一体…」と涙を流している。そんな大袈裟な。

「まああれは君が本気になるまでは保留なんだから気にしないってことで。あと、堅苦しい喋り方も疲れるからやめよう」
「いいの? 俺凛より階級全然下だし…」
「問題なし。私が良いって言ってるんだから」
「分かった。ところで凛はこんなところで何してるの?」

砕けた話し方で善逸が私に尋ねる。
うんうん、やっぱりこっちの方が話しやすいな。畏まられても息が詰まるだけだし、柱という階級のせいで普通に喋ってと言ってもなかなか受け入れてくれない隊士も多い。善逸はすぐに対応をしてくれたので話しやすいし、やっぱりこの子は順応性が高いなぁと密かに感心する。

「凛?」
「え? ああ、ここに行きたいんだけど…」

善逸に尋ねられて持ってた地図を彼に見せる。少しの沈黙の後、善逸から「ん!?」と発せられた。

「凛、ここに行きたいの?」
「うん」
「……場所全然違うよ?」
「うっそ!」

ちゃんと地図を見ながら来たのに!?



***



凛が行きたいと地図で見せてくれた小間物屋はなんと今いるところからまるで逆位置にある。そういえば凛、初めて会った時も道に迷ったとか言ってたな…。今もあの時も嘘の音もしなかったし本当に地理に弱いのかもしれない。

「この道を真っ直ぐ行って、四つ目の角を右にその先の二つ目の角を左に曲がれば着くと思うよ」
「……………うん!」
「分かってないでしょ?」

俺がそう言うと凛はあはは、と笑いながら少し顔を赤くする。

「どうしても道を覚えるのが苦手なんだよね」

恥ずかしそうに言う凛は普通に可愛い。
いやほら、恋とか本気とかはよく分からんけど可愛いものは可愛いでしょ?今の凛は間違いなく可愛かったと思うし、誰が見てもそう思うだろう。

「一緒に行こうか?」
「ほんと!助かるなぁ、善逸に会えて良かった!」

嬉しそうに凛が笑う。
その時、自分の胸から聞いたことのない音が鳴った気がした。

(きゅん…?)

なんだきゅんって。
よく分からない音に内心首を傾げながら俺は凛を案内するのだった。



「善逸、あっちから良い匂いが!」
「そっちは今来た道!」
「猫だ〜可愛い」
「そんな狭い道入ったら迷うよ!」

……凛が方向音痴な訳が少しだけ分かった気がする。




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