『君が私のことを本気で好きになったらね』

あの日出会った凛は俺の結婚してくれという言葉に対してそう返してくれた。
今まで結婚して欲しいと思う女の子は星の数ほどいたけど本気で好きだと思った女の子はいたかな。
禰豆子ちゃんは好きだ。可愛いし炭治郎の大切な妹だし守ってあげたいと思っている。だけどこれって本気で好きだってことなのかな。
好きになるってなんだろう。俺は会ったばかりでまだ何も知らない凛のことを自信を持って好きだと言えるのだろうか。しかも彼女は雪柱と名乗っていた。信じられる?柱だよ?俺と釣り合わなさすぎじゃない?

「善逸、戻っていたのか」
「炭治郎ぉ…」

俺の弱々しい声に炭治郎がん?と首を傾げる。俺は悩んでいることを隠すつもりもなくはああぁ、と大きく溜め息をつけば炭治郎は予想通り「どうしたんだ」と心配をしてくれる。

「何かあったのか?怪我でもしたのか?」
「いや、怪我は全くしてないよ。今回の任務は柱と一緒だったからその人が一瞬で倒しちゃった」
「そうか! それは良かった」
「でさぁ…その柱に俺、結婚してくれって言ったんだけど……や、やめろよその顔!地味に傷つくんだぞその目は!」

炭治郎が凄い顔で俺のことを見てくる。いつもならここで俺が振られていて炭治郎に慰めてもらうまでが一連の流れなのだが今日は違う。なんと、断られてないのだ!…断られては、ないよな?

「善逸、人に迷惑をかけるのは良くないとあれほど…」
「聞いて驚くなよ炭治郎。今回はな、断られてないんだ」
「え!?」

炭治郎の大きな目が溢れてしまうんじゃないかと思うほど見開かれる。失礼じゃない、お前?

「ど、どういうことだ!それは、つまり。善逸は結婚するのか?」
「いや、なんか……俺がその人のことを本気で好きになったらいいよって言われて…」
「? 善逸は本気で好きじゃない相手に結婚を迫ったのか?」

うぐっ!何という正論の切れ味。
だけど本当に炭治郎の言う通りだ。俺は凛のことを何も知らない。いや、雪柱ということだけはこの前知ったけどそれだけだ。何が好きかとか、歳はいくつかとか。本当に何も知らないんだ。そんな相手を本気で好きかと聞かれれば「分からない」としか言いようがない。

例えば俺は炭治郎や伊之助、禰豆子ちゃんのことは好きだ。大切だし、ずっと一緒にいたいと思っている。でもそれは本気で好きってことなのか?
好きってなんなんだろう。何を思って人は本気で好きだと胸を張って言えるのだろう。
分からない、だって俺は、

「善逸」

炭治郎から泣きたくなるような優しい音が聞こえる。

「俺も色恋沙汰には疎いからちゃんとしたことは言えないけど、焦らなくていいと思うぞ」
「炭治郎ぉ…」
「だけど誰彼構わず結婚を迫るのは感心しないからやめような!」
「ごめんなさいね!節操なしで!」

炭治郎の言葉に少しだけ心が軽くなった気がした。
だって俺は誰かを好きになりたい。誰かと結婚したいとは願っていたけれど、今まで一度だって誰かを「本気で好き」になったことはなかったんだと気付いてしまったのだった。




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