善逸と結婚の約束をしてからもうすぐで一年が経とうとしている。結婚、というよりも世間一般ではあれから私達は所謂「お付き合い」をしている状態である。善逸に祝言を挙げなくていいのかと聞くと「ま、まだ!早い気がするから!いや、いずれ挙げたいけど!」と言われそういうものなのか。と今の関係が続いていた。
そんなある日のこと、いつも大切に持っているある物を手にしていると後ろから善逸に抱きつかれる。

「何嬉しそうな音させてんの?」

善逸は耳がとても良くてよく私の状態を音で表してくる。最初にその事を教えてもらった時に善逸は気持ち悪くないのかと尋ねてきたけど何が気持ち悪いのか分からず、だけど本気で気にしているようだったから全然気持ち悪くないよ。と言えばそれはもう嬉しそうに笑ってくれたのを今でも覚えている。
さてさて、そんな善逸に抱きつかれ私は彼の言う通り上機嫌だ。そして善逸にある物を見せた。

「善逸、これ覚えてる?」
「! それって」
「善逸がくれた白詰草。栞にしてずっと持ってるの」

私が手にしていたのは善逸のくれた四つ葉の白詰草を押し花にして栞にしたもの。善逸から貰って枯らしてしまうのも勿体無くて栞にして使っていたのだけど、今となっては私の宝物の一つだ。肌身離さず持っていて暇さえあればこのように眺めている。

「善逸が任務の時はこの栞を見て早く帰ってこーいって呟いたりしてるんだよ」

そう言うと善逸はとても優しく微笑んだ。お付き合いを初めてからまだ一年も経っていないのに善逸は妙に大人っぽくなった気がする。背だって伸びたし髪も私が好きだと言えば伸ばし始めてくれて…正直格好良い。
私の方が善逸よりも歳上なのに何だか最近は甘やかされることも多い気がする。
……まあ、悪くはないのだけど。

「この白詰草を摘んだ場所があってさ、俺のお気に入りの場所なんだけど」

善逸が私の顔を覗き込むように首を傾げる。

「凛にだけは教えてあげる。一緒に行かない?」

…こんな風に言われて断れる人はいないと思う。
何だか成長してしまったなぁとしみじみと思うし、そんな善逸が好きだなと思うので私の選択は間違っていなかったのだろう。
あの日、頬を染めて私を本気で好きになったと伝えた少年。その気持ちを受け取って良かったなと心から思う。今となっては私の方が善逸に溺れてしまっているのではないのだろうか?そう思うほどあの時の少年は日に日に青年へと姿を変えているのだ。

「行く! でも善逸と一緒ならどこでもお気に入りの場所になっちゃうね」

本心からの言葉だったけれど善逸は片手で顔を覆ってはぁ〜…と溜息をついてしまったので何か間違えたかな?と思い顔を覗き込むとちゅ、と触れるだけの口吸いをされるのだった。



***



「うわぁ! 綺麗…!」

凛と一緒にあの日四つ葉の白詰草を見つけた場所へと訪れると白詰草達は綺麗に花を咲かせていて凛が言うようにとても綺麗だ。
だけど俺の目には正直凛しか入っていなかった。

あの日、俺の結婚してほしいという想いを受け入れてくれた凛。彼女は最初に出会った時と同じでいつも真っ直ぐで淀みのない綺麗な音をさせている。いつからだったかそこに俺のことを好きだという音を鳴らすようになってから俺はますます凛に溺れていった。
彼女は俺よりも歳上で階級も上なのにどこか放っておけない。その親しみやすい性格故に隊士からも人気があるのだ。特に男が多い鬼殺隊ではそういう気持ちも向けられることが多いわけで。本人は全く気にしてないっていうか気付いてないからさぁ、恋人としては気が気じゃないんだよね。

「凛、お花の輪っかを作ってあげるよ」
「ほんと? 嬉しい!」

そう言って俺がしゃがみ込むとその隣に駆けつけて凛もしゃがみ込む。そういうちょっとした動作ですら俺を喜ばせるから本当に勘弁してほしいよ、もう。凛は分かってないかもしれないけれど俺はもう凛のことが好きで堪らないし離してやるつもりもない。だから今日、ここに連れてきたんだけどね。

俺は慣れた手つきで白詰草のお花で輪っかを作る。それを凛は楽しそうに眺めている。たったそれだけなのにこの空気感が愛おしい。
完成した輪っかを凛に見せれば凛は目を輝かしてそれを絶賛した。

「凄い、上手だね、善逸!」
「でもちょっとだけ緊張しちゃった」
「緊張? どうして?」
「これは凛にあげたかったから」

はい、とお花の輪っかを凛の頭に乗せるともうその姿は天女だよ天女。あまりの可愛さに格好良く似合うよ、と言いたかったのにうっと言葉に詰まってしまう。大丈夫、俺?呼吸止まってない?全集中の呼吸途切れてない、これ?

「…へへ、ありがとう善逸。また宝物が増えちゃったな」

凛が嬉しい音を立てて満面の笑みでそう言う。
……これが見れるなら、俺はもう何もいらない。

「凛」

名前を呼んで、凛の手を優しく包み込むように握る。彼女の頬が少しだけ赤く染まる。…俺を想ってくれてる音をさせながら。

「俺はまだまだ弱くて、頼りないかもしれない。だけど凛を守れるくらい強くなるよ。これからも一緒にご飯を食べて、笑って、…そうやってずっと一緒にいたい。改めて、凛。俺のお嫁さんになってくれませんか?」

俺の言葉に凛は本当に優しい微笑みを浮かべる。

「善逸。善逸と出会って、私も初めて恋を知った。善逸が教えてくれたの。人のことを好きなるってこういうことだったんだって。私にとって、好きな人はずっと善逸ただ一人。…私の旦那さんになってください!」

凛を抱き寄せて口吸いをすると凛もそれに応えるように抱き着いてくれる。
風が吹き、いくつかの白詰草が俺達の周りを舞う。それはまるで俺達を祝福してくれてるようにも見えた。




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